毎日の職場を学びの場として次に生かすこと
富士市富士宮市にて在宅医療に携わっている薬剤師の栗原です。
今日は私ども薬剤師が、日々、忙しい業務の中で、どのように自己研鑽しているのかを紹介したいと思います。
目次
何事も専門的な学びをして、それに基づいた資格を持っていると、それを活用した働きの道というものがひらけてくるものです。
空が大好きで飛行機の免許を持っていれば、それを活用した仕事の道がひらけてきます。それは少なからず自己実現の道程でもあるものですから、やりがいや生きがいを感じることのできるものでもあるでしょう。
でも、専門的な学びをすればするだけ、むしろ自分が知らないことがなんであるのかを意識されることが多いものです。知れば知るほど、自分はまだ「知らない」という自覚を得るジレンマ・・。
普段、患者様にお薬の説明をしたり服薬指導をさせて頂いている私ども薬剤師も、この例に漏れるものではありません。お薬を勉強すれば勉強するだけ、自分がいかにお薬について知らないことが多いのかを意識されるのです。
またお薬の世界では、常に、新薬が開発されます。新しくお薬が出たら、そのお薬がこれまでに販売されていたお薬に対して「どのような利点があるのか?」といったことを中心に学びとっていくことが必要となります。
ここから私ども薬剤師が普段、どのようにしてお薬の学びを続けているのかを紹介していきたいと思います。
お薬の勉強
Ⅰ.製薬会社が開催する勉強会に参加する
製薬会社は大学の専門家(研究者)を招いて、さまざまな医療分野に関しての勉強会を開催します。
自社で開発したお薬について専門家を呼んで学びの機会を設けることもあります。しかし忖度(そんたく)が生じ、その製薬会社の開発したお薬についての偏った評価を生み出すこともあるため、この辺ではかなり公平性を担保した勉強会の設定というものが必要になってきます。
大学の専門家が、公平な視点を欠いて製薬会社が喜ぶようなこと視点ばかり取り上げるのは、中立公正が求められる科学に携わる専門家としてかなり問題のあることだからです。
製薬会社主催の勉強会に限りませんが、これらの勉強会に参加すると一定の点数(ポイント)が配布さることがあります。
薬剤師にとってこの点数は、特定の分野(たとえば糖尿病や腎臓病、また小児に対する薬物治療など)における認定制度で認定を受けるために必要なものとなっています。
ほぼ無償で最先端の知見を伺う機会であり、有意義な学びの機会です。
大学病院の薬剤部では、かなり定期的にこのメーカーによる勉強会が行われています。
なので大学病院などの大きな病院に勤める病院薬剤師の方は、普段からかなり勉強の機会があるので、向学心の高い方はこの働き方を選択する場合も多い。
反対に、学習の機会の面で、病院薬剤師の場合のデメリットもあります。あまり病院の規模が大きいと、薬剤師としての仕事も専門性が高まり、その分野についてはかなり深い学びが出来るが、他の分野については経験が積めないという傾向もあります。
一日中、輸液を触っているが、病棟に向かう機会が少ないとか、自分の担当する病棟以外の患者様(症例)に接する機会が少ないといった具合です。
勉強会そのものには、基本的に薬剤部の誰もが参加するので、学びの機会がないわけではありませんが、オールグラウンダーとして広く(浅く?)経験を積むには、場所や環境を選ぶことも必要なのかもしれません。
II.メーカーの担当者から説明を受ける
薬剤師が普段勤務している薬局に、それまで採用されていなかったお薬が採用されることがあります。
実際に患者様に処方が出され調剤されることになった場合、かなりの確率でメーカーの担当者に来てもらって、そのお薬についての勉強会が開催されます。
薬局内の事務室や学習室でプロジェクターを活用して説明を受けることが一般的です。場合によっては患者様向けの待合室のソファーで開催されることもあります。
この学習会には薬剤師だけでなく、多くの場合、薬局の調剤補助者などのスタッフも参加することが多い。
解説されることを十分に理解出来るとは思えませんが、少なくとも薬局の働きに関わるスタッフとしてこのような学びの機会に接することで、普段の職務上の自覚が向上したりするといったメリットを感じます。
この勉強会の上では、同僚の知恵や知見を借りて理解することも大切です。
一緒の職場にいる薬剤師同士で疑問点をぶつけ合ったりして、お互いの理解を深め合うのです。
また専門的な話を聞く上では、ちょっとした専門用語が分からないために、その後の話が全く頭に入ってこなかなってしまうということも少なからずあるため、勉強会の進行途中であっても、細かな疑問点も恐れず質問していくことが大切とも言えます。
Ⅲ.薬剤師会や地元の医師会などが主催する勉強会に参加する
地域の薬剤師会や医師会が主催する勉強会も定期的に開催されています。
薬学部が四年制から六年制に移行した目的は、医療の分野で薬剤師の専門性をより活かすためでした。
大学を六年制に移行するだけでなく、すでに現場に出ている薬剤師の学びの機会を準備することも必然的に求められたのです。そのため薬剤師会や医師会主催の勉強会も広く行われるようになってきました。
このような学びの機会は、四年制の時代に薬剤師免許を取得した薬剤師のために、より専門的な学びの機会を提供することを意図された「生涯学習」のシステムともなっています。
普段、薬剤師はさまざまな地元の病院から処方された処方箋に触れる機会がありますが、実際にそれらの先生方の肉声を聞いて、その考えに触れるための、とても有効な機会ともなっています。
Ⅳ.医師からの問い合わせに答える
病院薬剤師は当然のこととして、病院前の門前薬局でも、在宅に関わる在宅系薬局でも、医師からの問い合わせに応える機会は少なくありません。
医師の方々はとてもよく学習されています。
忙しい職務の中、専門書を開いて、普段から学びを深めていらっしゃいます。
なので薬剤師に問い合わせをされる場合でも、全くの疑問を投げかけられることは、ほぼありません。何かしら医師の側で「こうではないか?これがよいのではないか?」という答えを持っておられます。その上で答え合わせをするかのように薬剤師に問い合わせをされることが、割合としてかなり高いと感じます。
経験の少ない新人の薬剤師の場合、医師から質問されると、全く自分で正しい回答をゼロから用意しなければならないのかとイッパイイッパイになってしまう人も少なくありません。
当然、普段からの学びを積み重ねていくことこそが必要不可欠なことです。
でもそれだけでは足りません。何が足らないかというと、対応の上での知恵の部分なのです。
そこで以下、この「医師からの問い合わせ」という薬剤師にとって避けては通らない鬼門を、いかに乗り越えていくかについて、私なりの知恵をお伝えしたいと思います。
]医師からの質問を受けた際に大事なことは・・
1.医師の質問の意図を正しく読み取る
医師が薬剤師に質問している以上は、何か医師の側に不安があって薬剤師の知見を仰いでいるのです。
この場合、薬剤師は薬の専門家としての立場から答えれば良いのです。
お薬の体内動態といった学問的なことはもちろんあるでしょうが、意外と、お薬の流通の現場にいる立場として、
●お薬の準備が可能かどうか? ●薬局の在庫にはどのようなものがあるか?
などが質問されている確率もかなり高いのです。
医師からの問い合わせにドギマギされることは、いつまだ経っても変わらないのですが、上記の点を押さえていれば、これが自分の冷静を保つことの担保となるのです。
2.医師が持っている答えに疑念がないか確認する
すでにお伝えしたように、医師からの問い合わせには、ほとんどの場合、医師の側にはすでに答えがあるものです。
ですから大切なことは、その医師の側が持っている「答え」に何か問題はないか?を推察する力です。
医師は普通、自分の中の答えを薬剤師に先に伝えません。薬剤師の側に懸案の課題を伝えて、それに対して薬剤師がどう答えるかを探ります。
そして自分の中でその答えと自分の中の答えを擦り合わせるのです。
薬剤師の側に正しい答えがあれば良いですが、もしも経験や知識がなく、十分に医師の問いに答えられないと感じたなら、あえて医師の側にある答えが何なのか推察してそれを分析してみることです。
医師の中にある「答え」を推察することは、医師の側にとっても有効です。そのやり取りの中で、医師も、懸案の課題のポイントがどこにあるかを意識できるようになるからです。
質問しておいて、こちらが回答を用意するわけでもないのに自分で解を導き出す・・。聞き手としては何もしていないように見えますが、むしろ能力のあるインタビュアーの如く、相手に答えを導き出させるための手腕も薬剤師は問われているのかもしれません。
医師からの問い合わせは、どの薬剤師にとっても緊張する場面ですが、この点を押さえているとかなり気持ちが楽になり、冷静に考える視点を保つことができるようになるのです。
3.落ち着いて、しっかり調べるための時間を頂く
医師からの質問に答えることができなければ、一度電話を切って、時間を頂いて、調べる時間をもらってから折り返し電話をすることも、全然問題ではありません。
人が質問することは、大抵は自分の中に答えがあることだけだ、という見解もあります。つまり自分の中に答えがない場合、そもそも質問して来られないというわけです。これは、医師からの質問は、全く薬剤師に丸投げの質問である可能性はかなり低いということなのです。
質問に答えるための時間を頂いたら、インターネットや書物、同僚の知見を借りながら、落ち着いて回答を準備しましょう。自分なりの回答を用意したら、その段階で改めて同僚に問いかけると、前提が間違っていることに気がつくことも少なくありません。
4.同僚の意見を求めて、自分の回答で間違いないか確認する
薬剤師にとって同僚の存在はとても力になります。薬剤師はもちろん、お薬全般に対する見識が求められますが、人によって強い分野弱い分野があります。そのようにしてお互いが知識や見識を補い合って、一つの仕事を乗り切っていくのです。
この際、大事なことは、偏った意見を持たないことです。自分が正しいと思ったことも、その反対意見から検証し直してみるといった視点が大切です。
Ⅴ.患者様からの質問にお答えする
薬剤師は医師からの問い合わせだけでなく、当然ですが患者様からの問い合わせに答える務めが担わされています。
医師からの問い合わせは、医療の基本が分かっている立場の方からの問い合わせですが、患者様からの質問の多くは、医療またはお薬について曖昧な理解しか持たない人からの質問です。
しかし先ほど、人は「自分の中に答えのない質問はしない」という見解を紹介しましたが、これは患者様からの問い合わせに関しても合致する事の多い真理です。
患者様からの問い合わせは、実際のところ、患者様が新聞、テレビ、または自分で読んだ本、インターネットで調べた情報など、それだけでは偏った根拠に基づいていることが多いのです。
事柄には多くの側面があります。お薬についても同様で、お薬は有効な効果を持つものでもありますが、反対に、副作用という、良くない働きも持っているものです。
そして場合によってはその否定的な情報が一人歩きして患者様のもとに辿り着くことがある。
薬剤師として、バランスの良い回答を提示すること。それが多くの場合、薬剤師が患者様からの問い合わせに答える勤めとなるのです。
Ⅵ.自分で学習の機会を得る
私の場合には、一年に一度、薬理学の基本書(教科書)を通読することが、1番良い学びの機会となっています。
大学で何度か読んでいる内容も、改めて読んでみると「そういうことだったか・・」と気が尽かされることが多いものです。
実際に医療の現場に出てみると、大学や教科書で学んだことが、意外と疎遠になる事もあります。
副作用、相互作用など、特に問題となるようなものは、処方上、すでに問題が回避されていることが通常なため、意外と、学んだことを再学習する機会が現場には無いのです。
先日、脳梗塞の既往歴のある患者様がいて、入院の後、バイアスピリンが処方されてきた患者様がいました。胃瘻(いろう)のため、経管栄養で栄養を取られている患者様ですが、錠剤のままでは投与できないため、お薬に粉砕指示が入っている。
バイアスピリンというお薬は、胃ではなく腸で溶けるように工夫されています。そのため通常は粉砕しません。粉砕すると、製剤上の工夫が無駄になるからです。
ですがアスピリンの低容量治療により、抗血小板作用を期待してバイアスピリンが粉砕で処方されることは、珍しいことではありません。
ただ今回は、患者様のご家族の希望で、粉砕しないで経管投与前に簡易懸濁で(つまり直前に温水で溶かして)投与したいとのことでした。
そこでうっかりして粉砕しないでバイアスピリンをお渡ししたところ、「バイアスピリンが溶けない」とクレームがあったのです。
冷静になってみれば、バイアスピリンは腸溶剤として作られており、お薬がコーティングされているため、簡単には溶けないわけです。
通常ではないお薬の渡し方をしたので、「バイアスピリンは腸溶剤で簡易懸濁では溶けにくい」ということを忘れてしまっていたのです。
普段から、基本的な事柄を咄嗟の時に思い出して、そこに立ち戻れる状態にしておくことの大切さを思い知らされた事案でした。
Ⅶ.業務上の学習
1.ヒヤリハットや調剤過誤が生じた場合に、分析し、対策する
薬剤師が実際に現場に出て「勉強する」ことは学問的なことにとどまりません。現場ではあくまでも「実務」が行われており、薬剤師の業務の中に「作業」の占める割合は、体感的にいうと9割を超えます。
「お薬を棚から取り出す」「お薬のバーコードを読み取る」「シートからお薬を取り出して分包機にかける」「処方情報の入力をチェックする」「卸(おろし)さんに問い合わせてお薬を取り寄せる」「在庫をコントールする」「不動在庫(動きのなくなったお薬)を処理する」など、大学で学んでいない実務的な事柄の習熟は、実際とても大切なことです。
適当にやってしまえば、それがお薬の調剤過誤につながってしまうのです。
一つ一つの作業をミスなくこなすには、経験も必要です。人間は常に集中することができませんから、どこかで集中することとリラックスすることを組み合わせていかなければなりません。集中すべきところで集中し、力を抜ける場所で力を抜くこと・・。その辺の判断力を身につけなければなりません。
ヒヤリハットや調剤過誤が起こってしまったとすれば、どうしてそれが起こってしまったのかを分析し、その原因を明らかにして、それが今後起きないような仕組みを作ることが大切です。人間はどうしても先入観や思考の偏りがあるのですから、複数人の判断が介入する仕組みを作ることが大切です。
今はAI(人工知能)の時代ですから、上手くAIの組み込まれたデバイスを業務の中に取り入れて、それを使いこなせるようになることが大切です。
2.人員配置を入れ替えて問題解決を図る
同じ薬剤師と言えども、やはり適材適所というものがあります。
自分は患者対応が得意だとしたら、実際に患者様にお薬をお出しする対応をメインに仕事をすべきでしょう。
集中して物事に取り組むことが得意なのだとしたら、お薬のチェックをする「監査役」をメインにしたら良いと思いますし、車の運転や体を動かすことを厭わないのだとしたら、私のように在宅の働きをベースにするのが良いのかもしれません。
人によっては同僚との関係よりも、顧客重視の方もいます。・・というか顧客対応に「全振り(ぜんふ)り」しているような人もいます。・・あまり一緒に仕事をしてて楽しくはないかもしれませんが(汗)、少なくとも顧客対応のプロフェッショナルにはなれるはずです。
大事なことは一人一人が持っている能力を見定めて、適材適所に人員を配置するということです。
ただし、人はAIとは異なり、体調が崩れることもありますし、昼休憩も必要ですし、有休消化も大事な権利です。・・なので業務上、人員配置が手薄になってしまう状況というものは避けられません。そういう時に、自分が担える業務の幅を、普段から広げておくということが必要となってきます。
3.患者様対応に携わる
薬剤師の働きも「対物から対人へ」というような変化が生じてきました。
厚生労働省が平成27年に発表した『患者のための薬局ビジョン』では、「門前からかかりつけ、そして地域へ」というテーマで、今後の薬局ならびに薬剤師の働き方の改革案が取りまとめられています。
https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/vision_1.pdf
この仕事に携わる人間なら繰り返しここで取り上げられているテーマに接しているでしょうが、一言で言えば、薬剤師は「人を相手とする」業務であるということの強調であると言えます。
この「門前」から「かかりつけ」そして「地域へ」という変化は、ある意味、80年代に病院前の調剤薬局が増える前の「町の薬局」の姿に回帰していくことでもあると言えます。
かつて、白衣を着た薬剤師が店舗を構えて地域の人々のお薬の相談に乗る「街の薬局」は、日本中、どこにもみられました。このような町の薬局は、薬事法に定められた薬局間の距離についての規定によって、地方の条例で規制され守られていました。例えば広島県の条例では、薬局間の距離が概ね100メートル以上求められていました。街のタバコ屋さんがこのような法律で守られているのと同様です。
しかしこの条例が憲法22条により定められる職業選択の自由、居住の自由に反するという最高裁の判断が下ったことで、薬局間の競争が生まれ、大手のドラッグストアが台頭し、街の中から薬剤師は消えていったのです。そして、ちょうど医薬分業の必要が叫ばれ病院の調剤部門が「門前」に姿を変える中で、薬剤師は病院内の患者からも切り離され、門前薬局の調剤室にその居場所を変えていったのです。
そして今や反対に、その「門前」に消えていった薬剤師が「かかりつけ」の薬剤師として患者様のお薬を一元管理する働きを求められ、その動きの中で、改めて「街の薬剤師」としての存在価値を見出され始めた。
「対人」の仕事は、大学の薬学部であまり学べるものではありません。薬学部のカリキュラムも当然変化して、これな対応する学びが入ってきたのは間違いありませんが、実際のところその重要な学びの場である大学実習先の病院調剤部や調剤薬局そのものが「対人化」された業務内容になっていなければ、旧来の対物の働き方を押し付けられる形となってしまうわけです。
「対物」の働き方から「対人」の働き方へ、と言っても、薬剤師の働き方が根本から変わる訳ではありません。「対物」の業務は、化学に携わる薬剤師の業務の上では重要なものであることに変わりはありません。その対物の知見を、いかに「対人」の働きにおいて生かしていくのか?が問われているのです。
- お薬についての知識を、一般の人にも分かりやすい形で伝えて、お薬についての理解を深めてもらって、服薬指導に繋げていくこと。
- お薬についての的確な取り扱いを習得し、患者様に安全安心なお薬を届けていくこと。
- お薬の取り扱いを学び、より患者様にとって好ましい服薬方法を提供していくこと・・。
「対物」での経験は、それ自体、対人の働きの前提となるものだと言えるのです。
以上、現場に出た薬剤師が普段、どのようにしてお薬についての学びの機会を持ち献身しているのかを紹介させて頂きました。今後とも、患者様に貢献する上で、一つ一つ、日々向かい合う業務に知恵と力を持って邁進していきたいと思います。



