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【消えゆく音】霊柩車の出棺クラクション【意外な背景】

若松慶隆

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「ファーーーン」という出棺時の霊柩車クラクション音。
「いよいよお別れだ」という思いが一気に高まる瞬間です。
しかしこの音、鳴らさないお葬式が増えています。
なぜ減っているのか、その背景を考えるとともに、新しいあり方を探りたいと思います。

➀減っている理由分析3選
➁クラクション文化の歴史は長くない!?
③新しいクラクションの使い方事例


➀減っている理由分析3選
・近隣住民への配慮
他者への配慮に敏感な今日。お葬式の参列者にとっては「大切な音」でも、他人にとっては「迷惑な音」かもしれません。
やはり人口の多い都市部の葬儀会館ほどクラクションを鳴らさない傾向にあります。
また地方においても新しい葬儀会館(岡山においては平成後期以降)は、近隣住民との建設合意条件としてクラクションを鳴らさないケースが多いようです。
もし自分の家の隣に葬儀会館が建って、頻繁にクラクションが聞こえてくると考えると、良い気はしないかもしれません。

・お葬式の小規模化
お葬式の小規模化・簡素化が進む中、クラクション使用OKの会館においても「周りに知られたくない」というご当家のご意向で鳴らさないケースも増えています。

・自宅葬から会館葬への移行
実はこれが最大の要因だと私は思っています。
自宅葬であれば音を出す場所も聞く場所も頻度も分散されます。
これが会館葬となると一極集中となります。
「あー今日はご近所でお葬式なんだな」くらいの感覚で済んでいたものが、「見知らぬ人の出棺音が日々聞こえてくる」状態となったわけです。
一つ目の理由と関連しますが、会館葬へ移行した時点(当地域においては2000年代)で、クラクションは消えゆく運命にあったのだと思います。

➁クラクション文化の歴史は長くない!?
あのクラクションは定着された葬式文化のひとつであって、「無くなると寂しい」という方は多いと思われますが、これに関して「歴史文化が消える」と言い切ってしまうのは早計だと私は考えています。
なぜなら土葬時代はクラクションも霊柩車も存在しなかったからです(土葬の出棺は墓地まで葬式行列)。
1930年代に火葬件数が土葬件数を上回り、1960年代に地方も火葬場整備が進みほぼ火葬社会になったとされています。
クラクション文化の起源は調べても定かではありませんが、歴史は数十年のものと考えられます。

③新しいクラクションの使い方事例
このように考えると今後も出棺クラクションは減っていくと予想されます。
が、それに代替するようなクラクションの使い方が私の地元に実在していますのでご紹介します。
病院で亡くなり葬儀会館でお葬式をするとしてご遺体を、

パターンA:病院から自宅安置を経て会館へ

自宅から会館に運ばれる際にクラクション。自宅出発時刻が共有されればご近所の方々がお見送りに出て来られることもあります。

パターンB:病院から自宅安置を経ずに会館へ

遠回りして自宅前を通って会館へ。自宅前を通過する時に軽くクラクション。
この2パターンがあります。
この地区でお葬式は年に数件の頻度です。
どちらのパターンにしても(もちろん田舎だからというのはありますが)地域の方も受忍の範囲内と言いますか、音を巡るトラブルにはなっていません。
むしろこのクラクションの使い方は新しい素敵なあり方だと思っています。
「この地域で一人の人が旅立った」という共同体への合図は活きています。

時代とともに、葬送の形は変わっていきます。
消える文化もあれば、新しく生まれる文化もあります。
出棺クラクションも、いつか完全に姿を消す日が来るのかもしれません。
ですが私は、「この地域で一人の人が旅立った」ということを、誰かが静かに受け止める風景までは無くならないでほしいと思っています。

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若松慶隆
専門家

若松慶隆(住職)

朝日寺

元銀行員という異色の経歴を持つ住職。多様な価値観でそれぞれの家庭事情に真摯に向き合い葬式や法事などを執り行う。寺の歴史や伝統行事などをHPやSNSで情報発信し、檀家外の人も集う開かれた寺を目指す。

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