【うまく維持されているみなし墓地例】続・全く大手メディアが報じない墓じまいの実態【岡山田舎版シリーズ】
皆さまこんにちは。
特に私の『取材記事』をご覧になられた方には、私のことを『お寺の行事や情報発信に注力している住職』という印象を持たれたかもしれません。しかし当の私は全くそんなわけではなく、むしろ『葬儀や法事』に力を傾けているつもりでいます。
それはなぜなのか、『葬式仏教』というワードに絡めて、以下お話致します。
ご興味のある方はぜひご通読お願いします。
➀ 『葬式仏教』とは何か。
② 誤った『脱葬式仏教化』は、お寺のあり方を本末転倒にしてしまうと思う件。
③ 檀家さんはお寺に何を求めているか。
④ 『良い葬式仏教』と『悪い葬式仏教』があると思う件。
⑤ ≪結論≫これからのお寺の理想像。
⑥ 蛇足(お知らせ)
【➀ 『葬式仏教』とは何か】
皆さんは『葬式仏教』という言葉をお聞きになったことがあるでしょうか?
葬式仏教とは、「日本の仏教の出番が『葬式や法事』ばかりになっている現状を『揶揄』する用語」です。
本来仏教とは『民の救済』『真理の追及』である、との批判が久しく渦巻いており、これに関する書籍やメディア記事は多く存在します。仏教界においても特に若手僧侶を中心に(おそらく一般の方が思う以上に)危機感を持っており、寺院関係者向けのセミナーや勉強会もよく開催されております。私も複数回参加した経験があります。
【② 誤った『脱葬式仏教』は、お寺のあり方を本末転倒にしてしまうと思う件】
けれども私がこれまで拙寺に10年以上携わってきて「警戒している・常に気に留めておかなければならない」と思う事は、『脱葬式仏教に傾倒しすぎると寺檀関係(じだんかんけい:お寺と檀家さんとの関係)は崩れてしまう』のではないか、という事です。
分かりやすい例え話を紹介します。(あくまで架空です。)
『脱葬式仏教化』に闘志を燃やす住職Aさん。
Aさんは葬儀や法事以外の活動にとても熱心に取り組んでいました。
本人は社会に対して非常に善い行いをしている、と信じてやみませんでした。
しかしAさんを最も頼りにしたいはずの檀家さんからは、
「相談事があってお寺を訪ねてもいつも留守」
「法事の日取りの都合がつきにくい」
など不満の声が徐々に増えてしまいました…。
これでは本末転倒だと思います。
【③ 檀家さんはお寺に何を求めているか】
仮に、お寺の行事に300名の方が来られたとします。
300名も来られれば境内は大賑わい。それはまさに『寺門興隆(じもんこうりゅう)』に尽きるでしょう。
でもです。私はある時期から一歩立ち止まって考えるようになりました。
300名と言っても全檀家数・そのご家族なども含めて考えると、行事に参加された方は全体の数パーセントに過ぎないのです。(←実は私、結構ネガティブ思考です…苦笑)
つまり大半の檀家さんはお寺の行事に関心もなければ期待もしていないと思われます。
ではその多数を占める檀家さんは、お寺に対して何を求め、何を期待されているのでしょうか。
ここで重要だと思うポイントは、この檀家さん達(行事には足を運ばない檀家さん)が『信仰心が薄い』とか『先祖供養を粗末にしている』わけでは決してないということです。お寺の行事では全く顔を見ないけど仏事は丁寧にされている方がほとんどです。これは葬儀や法事でもそう感じるのですが、特に夏の棚経で感じます。
少し余談ですが(こんなこと書くと一部のお寺さんから怒られそうですが、事実は事実なので知って頂くためにあえて書かせて頂きます!)、私は法事の後のお食事に、ご当家様からお誘いを受ければ(且つ都合さえ悪くなければ)、『檀家さんとの絆を深める貴重なコミュニケーションの場』だと思ってご一緒させて頂いています。(←結構喜ばれること多いです!)
そこで拙寺の檀家さんではないご親族さんからお聞きするのは、『ご自分が檀家になっているお寺さんの(仏事に関する)不平や不満』の声。これが実はとても多いのです。
(決してその方達とて供養の心がないのではなく、むしろ有る方のように見受けられます。にもかかわらず…)菩提寺のやり方に大なり小なり不満を抱いている方がとても多く存在しているのが現状でございます…。
結局のところ、(圧倒的)多数の方がお寺に一番求めている事・期待している事は、
『如何に自分のご先祖を大切に守ってくれるか』
『如何に満足のいく葬儀・法事をしてもらえるか』
ということではないかと私は考えております。
【④ 『良い葬式仏教』と『悪い葬式仏教』があると思う件】
なので、いわゆる(日本で9割以上を占める)檀家寺の役割としては『葬儀や法事などの檀務に主眼を置くべき』だと思います。
そこで『良い葬式仏教』とは、各檀家さんが「良いお勤めをしてもらえた」と喜びや感謝の気持ちが持てるようなお勤めを積み重ね、檀家さんから信頼されることを徹底すること。あくまで『葬式仏教』が優先事項。
かたや『悪い葬式仏教』とは、檀家さんから手抜きだと思われたり、気持ちがこもっていないと思われたり、満足度が高くない『葬式仏教』。
おそらく『(良い)葬式仏教』が果たせていないからこそ『(悪い)葬式仏教』と揶揄・批判をされるのでしょう。
【⑤ ≪結論≫これからのお寺の理想像】
その一方で、せっかく多くの方によって支えられてきた伝統あるお寺の境内。多くの方にお参り頂ける行事の開催や情報発信をしたい気持ちは山々です。
『葬儀や法事の檀務(=葬式仏教)』と『それ以外の活動』、これまで述べた理由から、やはり絶対優先なのは前者(=『良い葬式仏教』)であり、後者は余裕の範囲内で出来る範囲でやるべきだ、という事が私の結論になります。
(このコラム執筆もあくまで余裕の範囲内で行っているもの、という事です。)
要はバランスの問題なのでしょうか。
お寺によって檀家数は様々で、『葬式仏教』の負担度合いはマチマチです。
でも➀②の項で述べたように、『葬式仏教』を揶揄・批判する風潮に翻弄されることなく、私なりのやり方で信頼を得ていきたいと思います。
〘本編はここまでですが、もう少しお付き合い下さいませ〙
【⑥ 蛇足(お知らせ)】
まさに『葬式仏教』脱却の一環にあたる!?ものが私の寺で近々あります。
・4月30日 朝日寺花まつり(兼 朝日寺こどもひろば)
・2023つつじ開花情報
お気軽にどうぞ。
「コロナ禍でブランクのある行事を如何にして立て直すか」は4月15日掲載のコラム “ 【試金石】令和5年から確実にお寺は変わる! ” も参考にお読み頂ければ幸いです。
今回も長い!?文章に最後までお付き合い下さいまして誠にありがとうございました。
また次回(気まぐれ不定期)もお楽しみに。(了)