快を求めて苦痛を嫌う 子育て編
子どもがゲームを欲しがっているけれど、買うべきか買わないべきか。
私も、子どもが小さい時には大いに悩みました。
みんなが持っているというけれど、実際にそういう時って3割まで行かないことも。
上の娘の時には買わなかったけれど、下の末っ子の時には買いました。
ここにも7年という時代背景の違いと、女、男という時代の違いも。
買ってあげたいけれど、勉強をしなくなると困る。
私は買いたいけれど、嫁が反対している中でか買ってあげるのも・・・というように。
実は、そこにこどもがのぞく本質を見ていなかったという事実も。
それはNLPを学ぶ前だったために、そこまで気が付かなかったということ。
NLPを学んでいなくても、気が付く人は気が付くのですけれどね。
私の場合は、どうしても表面的なことしか見てなかった気がする。
今となって、子どもと話すとゲームがほしかったというよりも、そこにコミュニケーションが存在していた。
でも、買わなかったことで、違うコミュニケーションも生まれたって。
買ってもらえなかったときはがっかりしたけれど、後日になるとそれが良かった場合も。
求めているものがゲームではなく、その先にある物だったから、違う形で手に入ったと。
大切なのは、友達とのコミュニケーションであり、ゲームをしている友達とはコミュニケーションが取れない。
だから、ゲームをしない友達とコミュニケーションを取ることやゲームをしている友達であっても、
ずっとゲームをしているわけではないから、違う形でコミュニケーションが取れます。
そして、その制限はコミュニケーション能力をアップしていきます。
制限の中にはチャンスがあるということです。
問題は、親がそれを理解して、子どもに伝えられるか。
もしくは、それを理解して子供を見まもったり、導いたりできるのか。
単純に「ゲームはダメ」では、その先は見えてこない場合もあります。
そして、実際にこどもが求めているものを知る努力をする癖をつけるのは、
親として大切ですし、その姿を見て、子どもも学んでいきます。
古来、日本には我慢の美学があり、年功序列の価値観の押し付けがありましたから。
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