塾長の考え(私大医学部受験)⑤
Aくんとの会話。
「小論文なんて書いたことないっす」
「わかっているよ」
「で、どうすれば?」
「それは…」
北斗塾は自立型個別指導をしている。
「次、何をすればいいですか?」
「で、どうすればいいですか?」
実際はほとんどの塾生は言わない。
塾に来た時に確認の意味で私に、
「〇〇から始めます」
という生徒はいるが。
やることもやるべき順番も、
それぞれの生徒に関して決まっている。
私は塾長だからそうなるようにしか、
指導しない。
自立型の人間になるようにしか、
指導しない。
ここが難しいところで、
私以外の講師も皆が上手にできる、
というわけではない。
ついつい具体的に指示を出してしまい、
生徒に自覚を持たせられない指導を、
してしまいがちである。
それでも少しずつ修正していく。
指導者側にも「自立型の指導とは?」、
これを、
常に考えていないとすぐにずれていく。
元々頭の良いと思われる生徒もいるが、
ほとんどの場合はその生徒の「意識」、
そう「意識」の問題である。
意識が高いか低いかで成績が決まる。
そう言っても過言ではない。
意識が高ければ勉強を自発的にするし、
低ければスマホいじりが優先する。
親の世代からすればスマホをいじる、
そのこと自体がもうすでに、
わが子に対して腹が立つ最大の原因。
「スマホ、取り上げるよ!」
と何度でも言いたいだろう、
どこの家庭でも。
スマホに関してはまた別の機会に話す。
これに関してはどの親御さんであっても、
知っておくべきことがあるから。
閑話休題。
「それは…型を覚えることだよ」
「型…ですか?」
「何事も基本型があるんだよ」
「はい、わかりますけど」
「本当にわかっている?」
「基本が大事ってことっすよね」
「そうだよ」
「なら、知っていますけど?」
「勉強となるとなぜ今まで実行しないの?」
「あ~、それは…」
「知っていることと『できる』ことは違う」
「はい…」
「その前にね…」
「はい」
「知っていることと『わかる』は違う」
「あ、はい…」
「さらに『わかる』と『できる』は違う」
「あ、はい……」
こうやって小論文の指導なのだが、
いや数学や英語のときであっても、
私の個別指導は「脱線」が多い。
人生訓とまではいかないが、
生徒には「ものの考え方(見方)」を、
機会あるごとに教えるようにしている。
それは長期的に見れば有意義なことになる、
そう信じて生徒に話すのだが、
「ま~た、始まったよ」、
そう感じて態度に出る生徒もいる。
特に予備校生の中に。
不思議だが、
そういう態度をとった生徒は今までにも、
何人かいるのだが…全員落ちている。
いや、1人を除いて。
大学入試に合格する最大の要因は、
その子が「元々頭がいいことである」と、
そう信じている親御さんや塾講師もいるが、
私はそれが1番の要因ではないだろうと、
今でも思っている。
「素直」が1番だと思っている。
(続く)