読書日記「百年の孤独」
弁護士と依頼者の距離。これはいろいろと弁護士によって考え方もあり難しい問題です。
依頼者としては、依頼した弁護士に自分の最大限の利益を確保して欲しいと思うのですが、事実関係や法律論などで依頼者の希望通りには行かない場合が多々あります。誰しも自分に都合がよいように事態を解釈したいもので、弁護士が第三者的に見ると極めて無理な話をされているケースというのが見受けられます。
その場合、弁護士としては、依頼者の主張を通せばこのようになる可能性があるということを話せざるを得ないと思っています。
その上で、依頼者があくまで依頼者の考え通りの筋で進めて欲しいと言った時、弁護士として取りうる方法は①さらに説得する②依頼を受ける前であれば依頼を受けない③依頼を受けた後であれば辞任する④リスクの説明はした上でその線で進める(依頼を受ける前であると引き受けるかについては微妙な問題があります)などが考えられます。
私も、相談に来られた人から、とうてい無理な訴訟の依頼をしたいという場合に、「勝つと言って下さい。勝つと言ってくれたら依頼します。なんで不利な話をされのですか」と詰め寄られることもたまにあります。
このような時、「私が悪い弁護士やったら、不利な点もなんかいけるような話をして依頼を受けますよ。それで負けたら裁判官が悪かったって言えばいいんだから。不利な点を言うのはあなたのことを考えるからですよ。費用の点だけ考えたら依頼を受けた方が私が儲かるのだから。職業倫理とプロという自負があるから、不利な点を述べているのですよ」と言っています。
そして、耳にいいことばかりいう弁護士は気をつけた方がいいとも言っています。
しかし、しばらくすると、他の弁護士と裁判所をその人が歩いていたりします。ばつの悪そうな顔をされていますが、しばらくすると、「やっぱり中先生の言うことを聞いておいたらよかったですわ」などと事務所に来たりする人もいます。
ただ、不利な点があっても訴訟の勝敗には分からないところがありますし、訴訟を出すことで依頼者の気持ちの区切りとなることもあるので、いつもいつもマイナスの話ばかりする訳ではありません。
これから弁護士が増えると、依頼者の利益よりも自分の利益を優先しているのではないかと思われる弁護士が出てきそうで怖いです。
まあ、今でも相手方に弁護士がついたせいで、もめ事が余計に大きくなる弁護士も何名かいますが…。そうした弁護士に依頼をしている依頼者を見るとかわいそうに思いますね。
なお、少し論点は違いますが、時間的に引き受けることが依頼者の不利になる可能性がある場合、プロである弁護士としては引き受けないことがプロの選択であると思います。たとえば、国選弁護人がついていれば上告趣意書の提出期間について、ある程度便宜が図られたかもしれないのに、私選で引き受けたために、上告趣意書を提出しないことや裁判所に不出頭を裁判所から問責された結果被告人に不利益な結果となりうる可能性を高めてしまったような場合がこれにあたると思います。
逆に時間がないものを引き受けた場合には、プロである以上、他の事件を後回しにして調整してでもその事件について全力投球しなければならないと言えるでしょう。
また、オウム事件のように筋を通すことでかえって自分の依頼者や被告人に不利益が及ぶおそれがある場合、私であれば依頼者と被告人の利益を優先します。弁護士のメンツなどは依頼者の利益に比べればはるかに軽いものです。