徹夜
勤務弁護士の頃、青森地裁宮古支部というところに事件があった。宮古というのは、太平洋に面しているところであり、行き方としては、花巻空港からバスか電車という行き方がある。
午後からの尋問であったが、当日現地入りすると電車でもバスでも、タクシーを借りても間に合わないことが分かり、前日花巻温泉で一泊して、朝からタクシーを1日貸し切りにして宮古支部まで行くことにした。というのも、尋問が終わってからバスや電車で花巻に向かうと、帰りの飛行機に時間にどのようにしても間に合わないからであった。
前日は花巻温泉に宿泊するが、女子高生の修学旅行とぶちあたってしまい、温泉には、8時まで入れないとのこと。男子浴場も女子浴場も女子高生が入っているので、時間制限がかけられていたのである。旅館の中はどこもかしこも女子高生である。
仕方がないので、部屋で20歳の食事係(若い!)に給仕をしてもらって先に食事をして、女子高生達が出た後の温泉に入ると、中では男子教師達が生徒の話題。生徒に関してここでは書けないようなことも風呂でげらげら言っているのを尻目にさっさと寝る(エロ教師である)。
翌日はその温泉のホテル専属の運転手さんが乗務するタクシーで宮古支部へ。裁判前に宮古のおいしい魚介類が出されるというご飯屋に案内してもらった。確かに大変うまい。さすが海のそば。私はこちら持ちで一緒に食べようとしたが、それは禁止らしいので1人で食べる。
いざ尋問。私はタクシーの運転手さんに、「しばらく終わらないから、どこかで時間を潰してくれていいですよ」と言ったが、これも規定で、常に出発出来る体制で待っていないといけないらしく、「食事をしたらすぐに戻ります」とのこと。うーむストイックだ。
ところが、16時15分までと時間を決められていた尋問が、相手の弁護士が制限時間を守らないために全然終了しない。私の方は制限時間に数分開けて終了しているにもかかわらず、である。裁判官も止めない。途中で文句を言って、16時55分にやっと尋問終了したら裁判官が、「今から和解の話をしませんか」というのであった。
しかし、事前にタクシーの運転手さんからは、遅くとも16時30分には裁判所を出ないと、飛行機の時間に間に合わないと言われていたのであった。既に20分も過ぎている。
翌日は土曜日であったが、法人の民事再生の打ち合わせをN村T雄弁護士と入れていて、絶対に帰京しないといけない。
私は、「飛行機の時間があるので、電話会議で和解にしてください」と言って期日を決めて(またこの期日を決めるのに相手の弁護士がとろかったのである)、裁判所を飛び出した。既に時間は17時。30分も遅れている。
運転手さんに、「遅れましてすいません。相手の弁護士がなかなか終わらなくて。間に合いますか」と聞くと、運転手さんは、「普通だったら間に合いませんが、頑張ってみましょう」とのこと。それから可能な限り飛ばして貰い、前に遅い車がいたら反対車線から追い越してくれたりして、急ぎに急いで空港へ。
途中、道が混んでいて、「やっぱりだめかもしれません」と言われた際に、「お客さん、今夜の宿ありますか」と運転手さん。
もちろん私は宿なんて取っているはずがない。そういうと、「念のため、だめかも知れない時に備えて、温泉の宿押さえておきます。間に合ったら、無料キャンセルでいいんで。」と言って無線で仮予約をしてくれた。彼は宿の専属であるから、間に合わなければ宿が儲かる訳であるが、そんなことは微塵も感じさせない真摯な態度で道を急いでくれたのであった。自分の利益と客の利益を比較した時に、客の利益を優先させて道を急ぐその姿に、「プロだなあ」と私は感銘を受けたのである。
そうこうしているうちに、空港が近くなってきた。そのとき、その運転手さんは、「お客さん、失礼ですけど、タバコ吸ってもいいですか。どうやら間に合うんで」と言ったのである。
私も当時タバコを吸っていたし、「どうぞどうぞ」というと、彼はさもうまそうにたばこを一本吸ったのであった。彼は気を張り詰めて運転してくれていたのだ。
そして空港に。3分前であった。領収書を切ってもらう時間ももったいないので、礼を言ってお金を払い、後日送ってもらうこととして空港へ駆け込む。こうして、何とか間に合ったのであった。後日、領収書が郵送で送られてきたことはいうまでもないし、私も彼の態度に感じ入ったので御礼のお菓子を送ったのであった。
この運転手さんの姿勢から、弁護士も学び取ることが何かあると思う。職人気質というのは、こういうものではないかと思うのである。
なお、翌日の民事再生の打ち合わせは、京都に帰ってみると、会社の代表取締役2名(2人ともお爺さんで、実のきょうだい)が「都合が悪い」としてキャンセルされていたのであった…。ハア。