福祉施設への入所について考える
「私の家、傾いてクシャクシャになってるらしいわ。」グループホームにお住いのAさんは、最近少し心配そうにこの様に仰るようになりました。
きっかけは分かりませんが、誰かが言っていたと仰るので、「今朝見て来ましたけど傾いていませんでしたし、お花も綺麗に咲いていましたよ。」とお伝えすると、その時は少し安心した表情を見せられます。
Aさんは長くお一人暮らしで、認知症になられても中期程度の症状まではデイサービスやヘルパーを利用するなどして、何とか一人で暮らしておられましたが、症状の進行と共に現在のグループホームに入所されることになりました。
入所当時は病院に入院している感覚でおられた様で、「ここはよくしてくれるし、いいところだけどずっとはいられへんやろ?」、「そろそろ帰った方がいいのかな」と言われるも、「家に帰っても一人でご飯とか出来るかなあ」と複雑な思いを口にしておられました。
入所から時間が経過すると、ホームの暮らしにも慣れて“ずっと居てもいいところ”という安心感を持たれる様になったとお見受け致しますが、色々な想いが冒頭のお言葉として出てこられたのかもしれません。
福祉施設入所後の自宅をどうするか
Aさんがホームでの生活に慣れてこられた頃、ご自宅をどうするかという話をする機会がありました。
ご本人は「また帰ろうと思っているし、そのままにしといて」、「帰っても一人では無理やし、処分して欲しい」などと言われ、複雑なお気持ちがあることを感じさせます。
今後、ご自宅に戻ることは難しいだろうと思われる中、固定資産税の負担や植栽の手入れの問題と、色々な思い出があるご自宅を処分するということに対する葛藤は、ご親族の方に相談しても明確な答えが出ない問題としてそのままになっておりました。
そんな中で、Aさんからご自宅に関するお言葉が出てくる様になったのは、「自宅に帰りたい」という当然のお気持ちから発せられた様にも思えます。
入所当初は、時々自宅に帰って過ごしたいというご希望もありましたが、「もし家に帰ってホームに戻りたくないと言われたら、どうしようも出来ない」という親族の方からのご意見(これも本当にその通りで、考えさせられます)もあり、入所後の一時帰宅は果たせないままとなっておりました。
何度かその様なやり取りがあった後、車で家の前を通るだけならどうかというお話になり、Aさんにも「おやつの時間までに帰らないとホームの人が心配するし、時間が無いから見に行くだけね」という説明をされて、私の車でご自宅を見に行くこととなりました。
自宅を見に行く
ご自宅はホームとは少し離れていますので、道中もAさんにとっては久しぶりに見る景色だと思われます。
近づくにつれて見慣れた景色の記憶が蘇ってこられたのか、感嘆の声を上げられて「変わってるなあ」などと仰っていましたが、いよいよ次の角を曲がれば自宅というところまで来ると、Aさんは「涙が出そう」と声を出されます。
出来るだけスピードを落としつつも、止まらない速度でご自宅の前を通りながら「家は大丈夫ですよ。お花もありますね。」と言葉を掛けると、うんうんと頷いておられました。
「車から降ろして欲しい」とか「中に入りたい」などと言われることもなく、家の前を通り過ぎた時は正直安堵致しましたが、同時に申し訳ない気持ちにもなりました。
ホームに戻られた時、一瞬「ここに帰るの?」という表情をされた様にも見えましたが、中に入られると職員の方と家の話をされることもなく、いつもの笑顔でご一緒した昼食が美味しいと仰っていました。
親族の方にそのご様子をお伝えすると、「これからも笑顔を守ってやって下さい」というお連れしたことへの感謝と共に、「家を残しておいてよかったと思います」というお言葉もあり、本当に正解のない事柄なのだと感じます。
後日、Aさんとお会いした折には一度も家のことを気にされる様なお言葉もなく、いつもの感じでお話しされていて少し安心致しました。
帰り際には、わざわざホームの入り口付近まで見送りに来られて「また来てやー」と笑顔で手を振って下さると、親族の方に言われた言葉を思い出しながら、私も次にお会いすることが楽しみになりました。



