ゼロだと言われたときに、ゼロとは限らない

同じミスを繰り返す部下がいました。
注意する。
叱る。
配置を変える。
手順を細かくする。
どれも一定の効果はあります。
しかし、しばらくするとまた起きる。
社長にとって、
これは静かな消耗です。
能力の問題か。
緊張感の問題か。
性格か。
多くの場合、議論はそこに向かいます。
■ 問題は「ミス」ではなかった
あるとき、私は問いを変えました。
この部下は、
何と“同一化”しているのか。
人は、自分を何かと重ねています。
「私はミスをする人間だ」
「私は怒られる側だ」
「私は期待に応えられない存在だ」
無意識の自己定義があると、
行動はそこへ戻ろうとします。
ミスは結果であって、
原因ではありません。
■ 脱同一化という視点
私は社長に、
ある考え方を伝えました。
それは、
起きている出来事と、自分自身を切り分けること。
ミスをした「自分」ではなく、
ミスという“現象”が起きた。
怒られている「自分」ではなく、
修正が必要な“事象”がある。
自分=失敗
という結びつきを外す。
これを、私は
「脱同一化」と呼んでいます。
■ 変わったのは、能力ではなく位置
特別な指導をしたわけではありません。
ただ、
自分と出来事の距離を一歩とる視点を
社長に示してもらった。
すると、
「またやってしまった」ではなく、
「どこで起きたのかを見てみます」
という言葉が出るようになりました。
人は、
自分を責めている間は修正できません。
自分を観察できる位置に立てたとき、
初めて改善が始まります。
■ 社長にも同じことが起きている
実はこの構造は、
社長にも起きています。
「私は失敗した」
「私は経営判断を誤った」
「私は社員を守れなかった」
出来事と自己が強く結びつくと、
選択肢は狭まります。
人生相談で行っているのも、
本質は同じです。
出来事と自分を、
一度切り分ける。
すると、
現実の見え方が変わります。
人は、
自分と同一化している限り、
そこから抜け出せません。
一歩引く。
一段高い位置から見る。
それだけで、
組織も、人生も、動き始めることがあります。
詳しくは、この画面のスレッド欄の「社長人生相談」をクリックください。
「想いの経営」京都研究座会
会長 風間 裕継



