憲法前文に寄り添うResonantな想い③

風間裕継

風間裕継

日本国憲法前文
――「恐怖と欠乏から免れ」に耳を澄ます

憲法前文は、こう記します。

「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」

この一文は、
単なる福祉や安全保障の目標ではありません。

それは、
人間の根源的な振動状態に触れている言葉だと
私は感じます。

恐怖と欠乏。

この二つは、
個人の内面にも、組織にも、国家にも
共通して流れ込む周波数です。

恐怖は、
他者を敵に変えます。

欠乏は、
奪い合いを正当化します。

この二つが支配的になるとき、
世界は対立構造へと傾いていく。

Resonantの視点から見ると、
恐怖と欠乏は「事実」そのものではなく、
振動の質です。

同じ状況でも、
恐怖の周波数で反応するか、
信頼と調律の周波数で応答するかで、
世界の形は変わってくる。

恐怖からの政策は、
防御と威嚇を中心に組み立てられます。

欠乏からの経済は、
奪取と囲い込みを前提にします。

けれど、
本当に恐れているのは何か。
本当に足りないと感じているのは何か。

そこに静かに耳を澄ませることなく、
外側だけを整えようとすると、
振動の質は変わらない。

会議室でも同じことが起きます。

「失敗したらどうする?」という恐怖が場を包むとき、
誰も本音を語らなくなる。

「予算が足りない」という欠乏感が支配するとき、
創造性は萎縮する。

しかし、
一人が呼吸を整え、
場の振動を変えることがある。

胸に手を当てると、
鼓動は不足を嘆いて鳴っているわけではない。

それは、
ただ、生きようとしている。

欠乏を前提にすると、
世界は常に「足りない場所」に見える。

けれど、
響きの視点に立つとき、
関係のなかで新しい可能性が生まれる。

「恐怖と欠乏から免れ」とは、
外的条件が完全に整うことを意味しているのではなく、

恐怖と欠乏を
文明の中心周波数にしない、
という選択なのではないか。

国家もまた、
ひとつの巨大な振動体です。

その中心に何を置くのか。

恐怖か。
欠乏か。
それとも、信頼と調律か。

憲法前文は、
理想を約束しているのではありません。

私たちに問いを差し出している。

あなたは、
どの振動から生きるのか。

Resonantに読むとき、
この一文は、
国家の安全保障論を超えて、

私たち一人ひとりの
日々の在り方へと降りてきます。

恐怖に反応するのか。
響きに応答するのか。

その選択の積み重ねが、
やがて文明の質を形づくる。

憲法前文は、
遠い政治の文章ではなく、

いま、
胸の奥で鳴っている鼓動と
静かにつながっている。

恐怖と欠乏から免れるとは、
世界を変える前に、
自らの振動を整えること。

その問いは、
今日も、
私たちの内側で鳴っているのだと思います。

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風間裕継
専門家

風間裕継(「想いの経営」パーソナル・ナビゲーター)

「想いの経営」京都研究座会

粗利が伸びない、新事業が見えない、社内に相談相手がいない、そんな経営者の悩みに添って、次の一手を一緒に見つけます。「想い」を活かすブルーオーシャンの入口を75歳の経験とレゾナント思考で可視化します。

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