SDGsの残された五年へ

主権は、
誰かの手の中に
収まっていたことなど
一度もない。
国家でもなく
国民でもなく
指導者でもなく
重なったとき、
そこに
あるように見えただけ。
だから今、
主権が揺らいでいるのではない。
揺れているのは、
握ろうとする
私たちの指先だ。
移動しているわけでもない。
奪われたわけでもない。
条件が変わるたび、
主権は
別の姿で鳴り出す。
静かなときは、聞こえない。
緊張が高まると、
低い音で震えだす。
強く掴もうとすると、
ぬるりと逃げる。
もともと
捕まえるためのものでは
ないからだ。
主権は命令ではない。
主張でもない。
ただ、
関係が張りつめたときに
一瞬、立ち上がる揺れ。
それを
支配と呼ぶか
秩序と呼ぶか
不安と呼ぶかは、
見る側の都合だ。
主権は今日も、
どこにも属さず、
どこにも留まらず、
足元の泥の中で
ちゃぷんと尾を打つ。
気づいた者だけが、
少し立ち止まる。



