なぜ、SDGsの「次」なのか?

我はなく いのちの姿 ひびきあう。
ひとつひとつのいのちが 世界とともに息づき、
見えぬ縁の網の中で 互いにゆらぎ、
互いに映し、 互いに生かしあう。
それは 教えでもなく、制度でもなく、
ただ いのちの自然(じねん)のままに 響く力。
そこにこそ 巧まずして「憩い」は在る。
リアルの場においても サイバーの空にも、
響きは広がり、 共鳴の文明が芽吹く。
その中心に 誰もいない。
それゆえに すべてが在る。
我無しの発振から 世界は拓かれ、
いのちは いのちを呼び、
音は 光を誘い、
ひびきは 未来を編む。
今ここに寿ぐ。
われは Resonant(響き合い)の文明に憩う。
縁起の環のなかで、
無我のいのちが 無限の青を奏でる。



