【事業承継は目的ではなく手段】投資対象手段としてのM&A
はじめに
先日、2本のコラムを公開しました。1本目は、2017年に「大廃業時代」と警鐘が鳴らされてから約10年たった今、事業承継が「1対1」から「N対1」へと形を変えたことを取り上げました。2本目は、国税庁による非上場株式の評価見直し案が具体化してきたことを取り上げました。
当コラムでは、この2つの動きを重ね合わせて、これからの事業承継をどう考えるべきかについて、ひとつの考え方を記載させていただきます。
1. 評価見直しが投げかける問い
国税庁の見直し案では、類似業種比準方式を廃止し、原則として残余利益方式の一方式で評価します。試算では、規模が大きく、業歴が長く、収益力の高い会社ほど評価額が上がりやすいという傾向が示されました。日本商工会議所は、個社によっては評価額が2~5倍になるとの独自試算を示し、抜本的な変更に反対しています。
これまでの事業承継の税制や支援策は、どちらかといえば親族内承継の負担をいかに軽くするかに重きを置いてきました。比較的低く抑えられてきた株式評価がその代表です。
こうした親族内承継への優遇は、これまで大きな功績を果たしてきました。株式の承継に伴う税負担が軽くなったことで、多くの経営者が安心して子や親族に会社を引き継ぐことができ、地域の雇用や技術、取引関係が守られてきました。
一方で、前回のコラムで述べたとおり、事業承継の姿そのものが変わりつつあります。今、改めて立ち止まって考えたいのは、これからの事業承継において、親族承継の位置づけの変化です。
2. 親族が継ぐことが「当然」ではない時代
帝国データバンクの調査では、後継者不在率は2017年の66.5%をピークに、2025年には50.1%まで下がりました。その背景には、親族以外への承継の広がりがあります。
事業承継の中身も大きく変わりました。同じ調査で2025年に代表者が交代した企業を見ると、役員や社員から経営者に就いた「内部昇格」が36.1%で最も多く、「同族承継」の32.3%を上回りました(速報値)。M&Aなどによる承継も20.6%を占めています。親族への承継が減り、従業員承継が最も多く選ばれる承継の形になりつつあります。
中小企業にとってのM&Aも、身近な承継の手段になりました。各都道府県の事業承継・引継ぎ支援センターやインターネット上で売り手と買い手を結ぶM&Aプラットフォームの普及などによって、小規模な事業でも第三者への承継が現実的な選択肢になりました。調剤薬局、介護、建設、会計事務所、美容室などの業界では、「ストロングバイヤー」が数十社、数百社を束ねる「N対1」の承継も進んでいます。
かつては「会社は子どもが継ぐもの」「親族内承継が第一」と考えられていました。しかし、今はその時代とは明らかに状況が変わっています。
親族内承継は、今も重要な選択肢の一つです。意欲と能力のある後継者が親族にいるなら、それは大きな強みです。しかし、親族内承継にこだわることは得策ではありません。これからは、親族・従業員・第三者を同じ土俵で考え、比較できるという意識も必要と思います。
一つの例として、国際競争が予想される産業では、強いマネジメントと明確な方向性を持つ会社や経営者に経営資源を委ねたほうが、事業そのものの存続と成長につながる場面は少なくないように思います。
•従業員にとって:後継者が決まらず先行きが見えない会社で働き続けるより、安定した経営基盤、整った処遇・教育制度、キャリアの選択肢がある会社のもとで働くほうが、有利になってくるケースが多くなります。
•国全体にとって:規模の拡大によって生産性が高まり、設備投資やDX、海外展開への余力が生まれます。中小企業の経営資源が強い経営のもとに集約されることは、国際競争の観点からも日本経済への貢献になり得ます。
一方で、すべての産業にこの考え方が当てはまるわけではありません。国際競争とは直接関わらなくても、事業が引き継がれること自体が重要な産業もあります。地域の暮らしを支える介護や医療、生活関連のサービス、伝統工芸などは、規模や効率よりも、その地域で事業が続いていくことに何よりの価値があります。こうした事業は、次章で述べる地域の視点とあわせて考える必要があります。
ただし、譲渡にあたっては国全体にとって不利益にならないようにする視点も欠かせません。重要な技術やノウハウの流出、経済安全保障上の懸念、そして経営資源を食いつぶすような不適切な買い手への譲渡は避けなければなりません。買い手を選ぶ目と、それを支える仕組みが問われます。
3. それでも守らなければならない事業がある
一方で、「N対1」の論理だけでは守れない事業もあります。主には以下の2つがあると考えています。
1つは、その地方ならではの魅力を活かす事業です。地域の食、伝統工芸、観光、地元に根差した商店などがこれにあたります。前回のコラムでも触れたとおり、廃業した店舗の跡地が全国チェーンに置き換わり、街並みが均質化していく光景は各地で見られます。効率性だけで判断すると、地域の個性そのものが失われてしまいます。
もう1つは、地域としての産業集積によって強みが生まれている事業です。
私の故郷である富山県のアルミ産業は、その典型です。豊富な水力発電と、高岡銅器に代表される鋳造・金属加工の技術の蓄積を背景に、押出、表面処理、金型、組立といった工程を担う企業が地域内で分業のネットワークを築いてきました。富山県はアルミサッシ・ドアの全国シェアで長く1位を占めており、工業統計では平成18年時点で28.0%とされています。
こうした集積の強みは、一社一社ではなく「つながり」の中にあります。ある工程を担う一社が廃業すれば、サプライチェーン全体が弱ります。外部の買い手が一社だけを取得し、機能を域外に移してしまえば、集積は少しずつ崩れていきます。
しかし、こうした守るべき事業ほど、親族だけで引き継ぐことは難しくなっています。子どもが地元を離れて別の仕事に就いている、そもそも後継者候補となる親族がいない、といったケースは珍しくありません。帝国データバンクの調査でも、後継者不在率は小規模企業で57.3%と中小企業全体より高く、都道府県別では最も高い秋田県で73.7%に達しています。親族に頼れないからといって外部の論理だけに委ねてしまえば、地域の魅力や集積は失われかねません。
このような事業を守るには、一社一社の承継を個々の経営者に任せるのではなく、地域や産業集積の観点から、親族に頼らない事業承継への取り組みが求められます。そのためには、地方公共団体や地元企業の力が必要です。自治体、公的機関、地域金融機関が連携し、地域の中核企業が仲間や取引先の受け皿となる。従業員や地域の担い手が事業を引き継げるよう後押しする。地域の中で後継者候補と事業を結びつける。そうした地域ぐるみの承継が求められます。
4. 2つの方向は競合しない ― 両立させる
ここまで述べた2つの方向は、対立するものではありません。両立させて進めるべきものです。
•国全体の視点:国際競争が予想される産業では、強い経営に経営資源を集約する流れを妨げない。親族一辺倒ではない、最も効果を発揮する承継の制度設計を進める。
•地域の視点:引き継ぐこと自体が重要な事業や、地域の魅力・産業集積を担う事業は、地域や産業集積の単位で親族に頼らない承継に取り組み、自治体・地元企業・金融機関が連携して地域の中で引き継ぐ。
従業員や親族での承継が有力でない場合、地域の中核企業そのものが「強い後継者」となり、集積を維持しながら規模と生産性を高めていくことも有力になると思います。そうなれば、国際競争力と地域の強みは同時に高まります。
非上場株式の評価見直しも、親族承継のコストという一面だけでなく、この両立をどう後押しするかという視点で議論されることを期待しています。親族内承継への優遇がこれまで果たしてきた役割を大切にしながら、親族・従業員・第三者のいずれへの承継も後押しできる仕組みへと、段階的に見直していくことが望まれます。
おわりに
親族内承継が第一とされた時代から、親族・従業員・第三者を同じ土俵で考える時代へと、事業承継の形は変わってきています。守るべき事業についても、地域や産業集積の観点から、親族に頼らない事業承継に取り組んでいくことが求められています。だからこそ、国全体の競争力と地域の強みを両立させる視点を持ちながら、一件一件の承継に丁寧に対応する必要があると思います。



