知財(特許)をマーケティング/新規事業創出に利用する その5 新規事業を生み出す特許検索
10年以上前に日刊工業新聞に投稿した記事です。観察することの重要性を記事にしています。今も昔も変わっていないですね。
私は30代前半の頃、大手電機メーカーの研究所を退職された技術者Aさんと約2年間一緒に仕事をしたことがあった。正確には仕事を一緒にしたというよりも、毎日、指導を受けていた。かなり熱い方で、技術者の心構えから、データの見方、整理の仕方、ビジネスの心構え、仕事とは、リーダーとは、などを教えられた。
実験ではAさんはいつも大きなルーペを持って、実験装置(半導体材料の薄膜を製造する真空成膜装置)の周りや、装置の中、できた膜を真剣に見ていた。「現地現物でモノをちゃんと見ることを怠るな!そして、何かおこっているか考えろ!」というのが口癖だった。
私が都合によりその会社を退職するときに尊敬するAさんから、大きなルーペをいただいた。涙が出るほど嬉しく思ったと同時に、それは技術者としての基本姿勢を忘れるなという強いメッセージであると感じた。
気相成長による薄膜形成技術が私の専門である。その中で、得られた薄膜の表面をルーペや光学顕微鏡にて自分の目で観察することで、凹凸の具合、クラックの有無、剥離の有無、膜へのゴミの付着、結晶粒の大きさなどをチェックできる。これらの情報から、私は成膜中のプラズマの状態やその膜への影響を知り、膜成長の様子をイマジネーションすることができる。それは問題解決のヒントになったり、次の実験条件の決定に生かしたり、さらには新しい発明につながることもある。Aさんの指導を受けるまでは、薄膜の観察を行うのに、顕微鏡で直接自分の目で観察することよりも、他の高度な分析手法に頼ろうとしていた。しかし今では、まず現場にて自分の目で何が起こっているか観察し確認することを第一に行っている。
さて、ルーペをいただいてから約10年後、私は技術者として一人前となり、憧れの技術士を取得した。そして、アメリカのシリコンバレーのベンチャー企業の製造現場に立つ機会があった。そこで驚くべきモノを目撃した。最新鋭の大きな半導体装置の前に、小さなルーペが置いてあった。装置のメンテナンス担当者が、実験の時やトラブル発生時にそのルーペを使い、モノをつぶさに観察していた。最新のハイテク設備がたくさんあるシリコンバレーにおいて、ルーペという原始的ではあるが、最も迅速かつ確実な評価方法が使われているとは本当に驚いた。
技術者としてモノを見るという基本は世界共通のようだ。私自身、技術者として現場に立ち、モノを見ることで研究から開発までの問題解決を進めてきた。これは、技術者としての基本を教えてくれたAさんのルーペの教えのためであろう。この教えを、若い人に言葉と実際の姿で伝えて行くことが、Aさんへの恩返しであると同時に先輩技術者としての役割である。
あれから10年以上たった今、私は若い人を教える立場になり、モノを見る目の大切さを偉そうに話をしています。先輩から受け継いだ技術者としての姿勢を自分なりにアレンジして一生懸命伝えています。それが、先輩への恩返しでもあり、日本の製造業の発展のためだと思っています。