ただただ、浮上してくる「表現型」に敬意を持ってとりくむプロセス
オオサカで起こったことをビサに話した。
「治験って何をするのか全然わからないけど体を丸ごと提供するってことだよな?」
「彼は研究者だからあなたの症状に興味があるし、お薬を作るのにデータを取ったりするんじゃない?」
ビサはレンジでチンしたたこ焼きをふうふう言いながらほおばっている。
「それでその・・・死んだりすることはあるのかな?」
ぼくは注射された尻をなでながら言った。
「誰だっていつか死ぬわ」ビサはふうふうしながら言った。
誰だっていつかは死ぬ。その通りだ。ぼくは急いでいるのだもう終わりにしたい。
「ねえ、知ってた?」
キッチンの床に目を落としているぼくにビサが言った。
「何?」
「顔がピンク色」
ビサは皿を持ったまま目だけ上を向いて言った。
またなに言ってんだよとのろのろとバスルームの鏡をのぞいてみる。頬の赤黒いかさぶたをそっと触ってみるとずり落ちそうにやわらかい。その周囲のぐじゅぐじゅしたヒフにたしかに赤みがさしているかもしれない。
「ふ~ん」
ビサはぼくの後ろからまじまじと鏡をのぞきこんでいる。もう一回ふ~んと言ってペットボトルのお茶をごくごくと飲んでたこ焼きにもどった。
オオサカで一時的な延命をされたのだろうと思った。腕や足の間接のひきつった痛みもすこし和らいでいる気がする。治療研究と言ってもそれぐらいやるだろう。蛇口をひねって指を洗った。この病欠ペースだともうじき会社はくびになるだろうしビサには言ってないけどこの間は失敗したけど今度やるときはけちらないで薬を飲むつもりでいる。研究サンプルでも何でも何かの役に立ってから死ぬのも悪くない。重病の末アメリカの研究機関へ渡り、自らの体を研究サンプルとして提供し新しい薬の開発に役に立って死ぬのだ。ぼくはこのメロドラマが気に入った。もう一度バスルームで顔をまじまじと見る。少しはお金をもらえるのだろうか。それで滞納しているなんだかんだを清算できるかもしれない。そうしたらいつ死んでもいいしと気が楽になった。冷蔵庫から缶ビールを取り出してプリングを開けた。最初の1缶目はどんな時でも頼もしい。ビサにたこやきを分けてもらうことにした。彼女はぼくのメロドラマを知りたそうだ。ぼくは隠し事がへただ。疑りぶかげな目でぼくと缶ビールを交互に見ていたが、ふ~ん今日のところはまあいいわとたこやきをひとつくれた。熱くてふわふわでソースたっぷりでうまい。ぼくは背の高いあごひげのおっさんに手渡された航空チケットを眺めてビールを飲んだ。
「おいしいピノ・ノワール買ってきてね」
網戸の向こうから騒音の合間にトウキョーの秋の虫が鳴いているのが聞こえた。