進路のひとつとしての歯学部
人づてに、ある学生から「自衛隊で働いてみたいのですが、どうなんですか」という質問をいただきました。自衛隊では、様々な専門職の方々が勤務しており歯科医師も若干名ですが在籍しています。今回は、手元に陸軍衛生史というちょっと古い本から引用したメモがありましたので8月ということもあり、せっかくなので少し触れてみたいと思います。
戦前、陸海軍にはほとんど創設時といってもいい頃から医師と薬剤師、獣医師については軍職が開かれていました。一方の歯科医師は予算面・ニーズ面で常勤歯科医師を雇用する動機はやや乏しかったそうです。すでに非常勤歯科医が立派に働いていましたことも歯科医師常勤化の道を閉ざしていました。陸軍省医務局池森貞氏によれば、そういった現状の中、心意気から歯科医師でありながら下士官や一般将校として入隊するのも現れるなどしたため、歯科界から常設の歯科医将校制度設立を軍に要請することとなったのです。
昭和15年(1940年)に、様々な議論を経て歯科医将校制度が誕生しました。当時、歯科医を常時運用していたのは欧米など一部先進国のみだったので比較的画期的な試みだったと思います。議論を重ねる中では、なかなか偏見に満ちた内容が飛び交ったそうです。「歯科医は軍を辞めた後、自営業になってしまうので生活水準が下がり退役軍人の気品を下げる」といった話まで出ていたと資料には残っています。歯科医師からも歯科医療の質と教育のレベルの向上が先である(大阪歯科大・飯塚氏)や一般教養・高等教育の充実が必要(歯科医師会・長尾氏)という意見もありました。背景にあったのは、医師や薬剤師は各地域の旧帝国大で養成課程が置かれていましたが、歯科医については私立専門学校が主にその役割を担っていたという特別の事情もあったかもしれません。
現在では、先人の努力の甲斐もあって1954年の自衛隊創設と同時に歯科医官制度が発足しました。1960年には、陸海で陸将補ポストができ名目上は旧軍以来80年以上放置されてきた医師・薬剤師との階級格差も解消されました。長く歯科医療が公共サービスの外野的なポジションに置かれていた雰囲気も少しずつ変わってきたように感じます。私も「手技ではなく、教養」が大切だという意見にも耳を傾け、読書などの習慣を作っていけたらと感じています。