自律神経の乱れが引き起こす不調に、鍼灸というやさしい選択肢を
目次
長年続いた痛みと鍼灸治療の関わり
首の手術をきっかけに、長く首や頭の痛みに悩まされる方は少なくありません。
「手術は無事に終わったのに、なぜか痛みが消えない」「検査をしても異常が見つからない」――そんな声を耳にすることがあります。
今回ご紹介するのは、10年前に頸椎症(けいついしょう)の手術を受けてから、長年にわたって首の痛みと肩こり、腕のしびれ、頭痛に悩まれてきた男性の症例です。
手術は成功し、術後も経過は安定していたにもかかわらず、左の首の付け根から後頭部にかけて常に重く張るような痛みや、腕のしびれ、ふらつき・睡眠の不調など、さまざまな不快感が続いていました。
「手術は成功したのに痛みが続く」理由とは?
現代医学では、手術後の痛みが長期化するケースを「術後慢性疼痛」と呼びます。
これは、手術によって生じた傷や神経の変化がきっかけとなり、痛みを感じる神経が過敏に反応するようになる状態です。
本来、痛みは「危険信号」として働くものですが、慢性化すると、実際の組織損傷がなくても脳や脊髄が“痛みを覚えてしまう”のです。
この状態では、筋肉や神経の興奮が持続し、わずかな刺激(例えば姿勢の変化や気圧の変化)でも痛みを感じてしまうことがあります。
また、手術後の痛みを医師の異常なしの言葉を信じて我慢していた結果、首の後ろの後頭下筋群や僧帽筋、首の前の斜角筋などが過緊張を起こし、局所の血流障害や酸素不足が起こって、慢性的な痛みの原因になることがあります。
このように、手術自体がうまくいっても、「神経の過敏さ」や「筋肉のバランスの崩れ」が残ることで、長年痛みが続くことがあるのです。
症例
60歳代、男性、無職(以前は営業職)
主訴:左首から後頭部にかけての痛み、腕のしびれ、ふらつき・睡眠の不調など
身長172cm、体重64㎏、血圧148/99mmHg、脈拍60回/分
食欲あり、便通毎日、睡眠不足
所見:頸部の可動域は正常だが動かすと痛みがありしびれが腕に出ます。
東洋医学的所見:瘀血証と気滞証
施術方法:刺鍼と接触鍼
症例の経過
首の手術から10年が経過していましたが、左の首の付け根から後頭部にかけての痛みと腕のしびれ、めまい、頭の重だるさなどが続いていました。
首の動きはやや制限されており、全体的に筋肉の緊張はむしろ弱く、力が抜けている印象でした。
やせ型で体力がなく、以前整体を受けた際に気分が悪くなった経験があるとのこと。
そのため、初回の治療ではできるだけ刺激を抑えた優しい鍼を選びました。
鍼は首や頭に直接刺すのではなく、まずは手足や背中のツボにごく浅く置き、頭や顔には「鍉鍼(ていしん)」という刺さない鍼を用いて軽く接触する程度の刺激を行いました。
■ 2診目
「睡眠や体調が少し良い」とのこと。
同様に優しい刺激で施術し、耳のツボ「神門(しんもん)」に鍉鍼でマッサージを加えたところ、施術後には「頭が軽くなった」とお話しされました。
■ 3診目
「鍼だと刺激が強い気がする」とのことで、刺激をさらに調整。皮膚をこする擦過鍼(軽くなでるような鍼)で施術しました。
治療後の反応も穏やかで、その後、全体的に良好に経過しました。
■10診目
少しずつお元気になられていて散歩をして気分転換しているそうです。今後も施術を続けていって体力を回復させ筋力をつけるよう体操をしてもらいます。
慢性疼痛の背景にある「神経の過敏」と「心身の影響」
慢性痛の研究では、「痛み」は単に身体の問題だけでなく、神経・脳・心の三つの要素が複雑に関係していることが分かっています。
神経の過敏化:
手術や炎症をきっかけに、痛みを伝える神経の閾値(しきい値)が下がり、刺激を強く感じやすくなる。
脳の記憶:
長く続いた痛みは脳に“記憶”され、痛みが「習慣化」してしまう。
自律神経の乱れ:
不眠・緊張・不安などの影響で交感神経が高まり、痛みをさらに増幅させる。
つまり、慢性疼痛は「心身の緊張と痛みが互いに影響しあうループ」が続いている状態なのです。
鍼灸治療が有効な理由
鍼灸には、体のバランスを整え、自律神経や血流を改善する力があります。
特に今回のような刺激に敏感なタイプの方には、「刺さない鍼」や「ごく浅い鍼」を使うことで、安全に神経系へ穏やかに働きかけることができます。
鍼刺激は、末梢神経を通じて脳に伝わり、痛みを抑える物質(エンドルフィンやセロトニン)の分泌を促進することが知られています。
また、局所の血流を改善することで、筋肉内にたまった老廃物を流し、酸素供給を回復させる効果も期待できます。
さらに、鍼灸治療は「リラクゼーション効果」が非常に高く、施術中に副交感神経が優位になり、眠気を感じる方も多いです。
この「安心感」や「リラックス」は、慢性疼痛の改善に欠かせない大切な要素です。
被刺激性が強い方でも受けられる治療
鍼と聞くと「痛そう」「怖い」と感じる方も少なくありません。
しかし、今回のようにお体が敏感な方でも、刺さない鍼(接触鍼・鍉鍼)や短鍼による軽いタッチなど、刺激を最小限に抑えた方法で十分に治療効果を出すことが可能です。
鍼灸治療は「強い刺激を与えること」ではなく、身体が安心して反応できるレベルで調整することが重要なのです。
刺激の強さは患者さんごとに異なり、「ちょうどいい刺激量」を見極めるのが、鍼灸師の経験と技術の見せどころでもあります。
まとめ
この症例では、長年続いた頭痛や首の痛みが、刺激を抑えたやさしい鍼灸治療によって少しずつ軽減してきました。
手術は成功しても、その後に残る痛みには「神経の過敏化」や「自律神経の乱れ」といった要因が深く関わっています。
こうした慢性疼痛は、薬や検査だけでは改善しにくいこともありますが、鍼灸による神経系・自律神経系への穏やかなアプローチが有効な選択肢となります。
もしあなたが「手術後も痛みが取れない」「病院で異常なしと言われたけどつらい」という状況であれば、
鍼灸治療という方法を一度検討してみてください。
身体の内側から整えることで、長年の痛みや不調にも光が見えてくるかもしれません。



