疲労とストレスで眠れない~心と体を整える鍼灸治療の実際~
はじめに
「朝、起き上がるときに腰が痛くて曲げられない」「デスクワークの途中で立ち上がるときにズキッとする」——そんな経験はありませんか?
今回ご紹介するのは、ある50代女性の腰痛の症例です。いわゆる「ぎっくり腰」ではあるものの、原因が単純な筋肉の炎症だけではなく、さまざまな背景が重なって痛みを慢性化させていたケースです。鍼灸を受けたことのない方にも、腰痛の仕組みと鍼灸の可能性を知っていただけたらと思います。
「年に一度はぎっくり腰」から抜け出せない
患者さんは50代の女性で、公務員として日々デスクワークに従事されています。
ここ数年、年に一度はぎっくり腰を起こし、そのたびに整体でしのいできたそうです。しかし、施術を受けた直後は楽になるものの、しばらくすると再び痛みが戻ってしまう——そんな繰り返しでした。
特に今回は、「朝、起きたときが一番つらい」という訴えが強く、トイレで体をひねる動作も困難なほどでした。
一方で、日中は安静にしていれば痛みは和らぎ、夜間痛はないという状態でした。これは典型的な「非定型腰痛(ひていけいようつう)」の特徴のひとつです。
「非定型腰痛」と「慢性疼痛」という考え方
腰痛というと「骨や神経に異常があるのでは」と心配になる方も多いのですが、実際には原因がはっきりしない腰痛が全体の8割以上を占めています。
MRIやレントゲンで異常が見つからないにもかかわらず、強い痛みを感じることがあり、これを「非定型腰痛」と呼びます。
また、痛みが3か月以上続く状態を「慢性疼痛(まんせいとうつう)」といいます。慢性疼痛では、痛みを感じる神経や脳の働きが過敏になっていることが多く、単に「筋肉がこっている」「骨がずれている」という説明だけでは解決できません。
この方も、腰そのものの炎症や筋緊張に加えて、
長年のデスクワークによる筋肉の疲労の蓄積
更年期によるホルモンバランスの変化
仕事上のストレスや睡眠不足
といった要因が重なり合い、痛みの感じ方が敏感になっていたと考えられます。
つまり、体の問題だけでなく「心身のバランス」が乱れていたのです。
鍼灸治療で整える「めぐり」と「バランス」
鍼灸治療では、痛みのある筋肉に直接アプローチするだけでなく、体全体の「気・血(きけつ)」の巡りを整えることを重視します。
これは、現代医学的にいえば 血流や自律神経のバランスを整える ということに近い考え方です。
初回の治療では、腰まわりの強い緊張をやわらげるために、腰部を中心に穏やかな鍼刺激を行いました。同時に、背中や足のツボにも刺激を加え、全身の流れを整えるように施術を進めました。
治療直後には大きな変化は見られませんでしたが、翌朝から少しずつ動きやすさを感じるようになったとのことでした。
治療は最初の2週間は週2回、その後は週1回のペースで継続。
3週目を過ぎた頃から「朝の動作がスムーズになってきた」「椅子から立ち上がるときの痛みが軽くなった」との変化が見られ、徐々に腰の可動域と日常動作の快適さが改善していきました。
痛みの原因は「腰」だけではない
多くの方が「腰が痛い=腰の筋肉や骨の問題」と思いがちですが、実際はもっと複雑です。
長時間同じ姿勢でいると血流が滞り、筋肉に老廃物がたまりやすくなります。さらにストレスや更年期によるホルモン変化が加わると、自律神経が乱れ、痛みを感じやすくなります。
こうした要素が積み重なることで、「痛みの悪循環」に陥ってしまうのです。
この方の場合も、体の疲労だけでなく、心身のストレスやホルモン変動といった背景が腰痛を長引かせていました。
鍼灸治療では、「痛みの根本にある体全体のアンバランスを整える」ことを目的とします。
その結果、腰痛だけでなく肩こりや冷え、睡眠の質の改善など、全体的な体調が整っていく方も少なくありません。
鍼灸ができること
非定型腰痛や慢性疼痛では、薬やマッサージだけではなかなか改善しないことがあります。
痛みの背景には、筋肉のこわばりだけでなく、ストレスや自律神経の乱れ、ホルモンの変化などが複雑に関わっています。
鍼灸は、そうした「目に見えない不調」にやさしく働きかける治療です。
痛みを和らげるだけでなく、体の回復力を高め、再発を防ぐ力を育てることができます。
この患者さんも、今では「朝がいちばん楽になった」と笑顔で話されるようになりました。
腰痛が軽くなるだけでなく、「体が軽くなった」「気分も前向きになった」と感じる方も多く、まさに鍼灸の特徴がよく表れた症例といえるでしょう。
まとめ
「痛くて腰を曲げられない」とき、その原因はひとつではありません。
筋肉の疲れ、ホルモンの変化、ストレス、睡眠不足——いくつもの要因が絡み合って、体が「もう限界です」とサインを出しているのかもしれません。
そんなときは、鍼灸という選択肢を思い出してください。
痛みの根をやさしく整え、心と体のバランスを取り戻すお手伝いができるはずです。



