今、ネパールが熱い(2)
先日、兵庫県の城崎温泉に一泊した。日本を代表する歴史ある温泉街であるが、ホテルや周辺の飲食店など多くの場所で外国人が働いている姿を目にした。浴衣を着た客を案内する者、食事処で注文を取る者、宿の客室で丁寧に応対し、サービスを提供する者——いずれも地域の一員としてしっかりと仕事をこなしていた。伝統と観光産業が共存する街で、外国人がその街の経済とサービスを支えている姿は、実に微笑ましく、そして頼もしく映った。
しかし、その一方で、最近「外国人のせいで日本人の賃金が上がらない」といった論調が一部で展開されている。こうした主張は、現場の実態や制度設計、そして日本の人口構造を踏まえたものとは言い難い。むしろ、人口減少が著しい現代日本において、外国人労働者は地域社会と経済を支える重要な存在になりつつある。
第一に、制度面に対する誤解がある。現在の在留資格制度では、外国人を雇用する際、日本人と同等かそれ以上の処遇で雇用契約を結ぶことが求められている。技能実習、育成就労、特定技能など制度ごとに要件は異なるが、いずれにせよ「低賃金で置き換える人材」という扱いではなく、制度的には「人材」として位置づけられている。外国人を安価な労働力と捉えるのは、過去のイメージか、制度への理解不足である。
第二に、地方と都市部の雇用状況を同列で語ることはできない。人口流出と高齢化が進む地方では、製造業、旅館業、農業、介護など多くの産業が慢性的な人手不足に陥っている。事実として「日本人を募集しても応募すら来ない」現場が各地に存在する。そうした中で外国人材は、企業の生産ラインやサービス提供を維持し続ける上で不可欠な役割を担っている。人手不足による営業時間短縮、受注削減、品質低下といった縮小均衡を回避し、地域経済の循環を確保しているのである。
第三に、外国人労働者が賃金を押し下げるという主張は、経済的にも制度的にも単純化されすぎている。労働力不足が解消されることで企業の操業が安定し、付加価値が生まれ、それが賃金、投資、税収に回る正の循環が起きる。これは都市部よりも、むしろ地方の中小企業において顕著である。また、働く外国人自身が地域に家賃や食費を払い、交通機関を利用し、教育費を支出する。それ自体が地域の市場規模を支え、消費需要を生み出している点も見逃せない。
結局のところ、外国人労働者を「競争相手」と見るか、「補完的な仲間」と見るかで社会の未来は大きく異なる。日本の本質的な課題は外国人の存在ではなく、人口減少による労働供給の不足と、それに対応した制度設計・教育・受け入れ体制の遅れにあると言える。外国人を排除する議論は、地方経済や現場の実態を理解しない都市目線の短絡的な発想に過ぎない。
人口減少社会の日本において、城崎温泉のような地域で外国人が働き、地域住民と共存し、経済を支え、文化を残す姿は決して例外ではない。今後、日本が持続的な成長と地域再生を実現するためには、感情的な議論ではなく、制度、現実、経済に基づく議論が求められる。外国人材と共に働き、地域に根付ける仕組みを整えることこそが、日本の未来を支える道筋である。



