あんなことでもなければ…

辻村豊

辻村豊

テーマ:日々雑感

皆様方、お世話になっております。日々雑感を綴っております。

父親の影

既にノーベル賞受賞者の益川敏英先生の著作『科学者は戦争で何をしたか』について申し上げました。

(科学者は戦争で何をしたか(ノーベル賞科学者は警告する!))
https://mbp-japan.com/hyogo/banyohkagaku/column/5238655/

そして、防衛産業に絡む巨大プロジェクトを辞退したこと、それに父親の影があったことも申し上げました。
父親は昭和一桁と呼ばれる世代で、終戦時は旧制中学2年でした。多感な時期に価値観が正反対になったことへ対応ができず、生涯苦しんだようです。

(大人なんかに、ならない方が良い?)
https://mbp-japan.com/hyogo/banyohkagaku/column/5174028/

とにかく終わって良かった

父親は終戦について、戦争に負けたことは悔しいとも何とも思わなかったそうです。ただ、『とにかく終わって良かった』と心の底から思ったそうです。
そして、『原爆投下は致し方なかった』とも言っていました。これだけ聞くと到底許されない暴言です。
あくまでも父親の私見ですが、『原爆でも落ちなかったら戦争は終わらず、犠牲者は増え、さらに日本の北半分は別の国になっていた』と良く言っていました。
『あんなことでもなければ…』

ずる賢い大人への

やはり終戦を境に鬼畜米英から神様仏様アメリカ様へ、一瞬で手のひらを返した大人たちへの極度な反感が背景にあったと考えます。
以下は父親から聞いたことと、ごく一部の著作でしか見たことがない珍説かもしれません。
広島と長崎に原爆が落ちた時、日本政府の中枢部では、即座にとある噂が流れたそうです。
『あの爆弾は防空壕にいても助からない…』
おそらく、上級国民?が入るような立派な防空壕にさえいれば、原爆の最初の一撃からは助かったでしょう。
しかし、「原爆には目に見えない『放射能』という恐ろしいものが発射され、そればジワジワと体を蝕む…」ぐらいのことが上級国民には知れ渡っていた可能性大です。
そして、『次の原爆は東京』とも言われていたそうです。
『こうなったら、もはや一か八か?アメリカにお手上げしよう』となっても、不思議ではありません。
特に大人に騙された感が極端に強かった父親にはこの説が心に染みるものだったのでしょう。

多くの犠牲を伴った

上記の話が本当かどうか?今となってはわからないことですが、私個人的には『論理的には十分あり得る話』と考えます。特に当時のインテリにとって、目に見えない放射能への恐怖は十分あったと思います。しかも、まだ、放射能というものが、どういうものか?研究が始まって日も浅いとなれば、恐ろしいモンスターだったとしても不思議ではありません。
そして、多くの犠牲が出ていたにもかかわらず、常に安全なところにいて、自身の安泰しか考えていなかった人たちの話は至る所に転がっています。

未然に防ぐ?

さて、防衛産業も『戦争を未然に防ぐため』という考え方もあろうかと思います。
これも当たっているかもしれません。
かつてフランスのドゴールはドイツに対抗して軍隊の近代化を訴えたものの、実現せず、第二次世界大戦が勃発したとも言われています。
もしフランス軍が近代化されていれば、ドイツ軍の進撃もなく、戦争は簡単に終わっていたかもしれません。
しかしその一方で、直ぐには戦争は起こらず、フランスもドイツも軍事力貯めに貯めての開戦となり、破壊力が凄まじくなった兵器が使われ、国土は大きく破壊され、より多くの犠牲者が出たかもしれません。
いずれにしても、戦争は多くの犠牲を伴うだけです。
そんなことも考えながら、父親の姿も見ながら、結局、巨大プロジェクトへの参加は見送りました。

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辻村豊
専門家

辻村豊(技術コンサルタント)

合同会社 播羊化学研究所

原料や素材の研究開発、製造工程、PRなどに関するお困りごとをサポート致します。専用の実験室で実証実験や試作も可能です。技術系社員の育成、技術承継のご相談なども承ります。博士(工学、1997年大阪大学)

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