生徒の主体性が育つ「場づくり」とは
おはようございます。
昨日は日本では「母の日」でしたね。
うちの息子たちは、次男は小さい頃にたくさん手紙をくれ、長男はマッサージ券をくれていました。(なぜかいつも「¥300」と金額が書いてある……え、払うの?笑)
中学生くらいからは、私のほうから
「あ!母の日だ!!」と言い出すくらいになっていました(笑)。
今年の母の日は、
長男は海外留学中、
次男は東京で大学生活を満喫している中、
私は自営の教室で補充授業をこなし、
習い事のあとは先生からの相談セッションを行っていました。
そのとき、ある方に「今日は母の日ですね」と言われ、
「あ!そうだったのか!」
と、はじめて思い出したのです。
先週、自分の母に会いに東海地方まで行っていたので、すっかり忘れていました。
自分が「母である」ことをすっかり忘れていた一日。
我ながらびっくりしました。
長男が海外での面白いエピソード(授業に1時間遅れて入ってきた結果、先生を含むクラス全員とハイファイブするエクアドル人の話、ホームレスの方が警察のカーチェイスをF1観戦のように声援を送っていた朝の話)を教えてくれたり、
次男が「素晴らしい講義だった」と、私にはよくわからない講義内容を嬉しそうに話してくれたり。
息子たちが見ている、私の知らない世界を語ってくれること——それだけで、十分に満たされていることにも気がつきました。
対話をしたり、チームの中にいると、気づけば「役割」がついてきます。
役割なしに話せる場もありますが、役割が生まれること自体は、ごく自然なことだと思っています。
その役割に集中するためにも、「役割」を落とす時間を大切にしていきたい。
そして、その時間がどれほど貴重であるか、改めて気づくことができました。
どのような場面も、どのような顔も、全て自分ですが。
皆さんにも、「役割」を落とす時間、ありますか?


