まちのなかで木をつかうという流れへ
まちは、さまざまなかたちでできている
建物や道
広場や公園
川や樹木
そこに暮らす人々
私たちは日々、さまざまなかたちに囲まれて暮らしています。
一つひとつの建物には、それぞれの暮らしがあり、その暮らしの数だけ、異なるかたちがあります。
そして、それらが集まって、まちの風景をつくっています。
建築士として建物の設計を続けるなかで、いつも考えていることがあります。
それは、一人ひとりの暮らしをかたちにすることが、まちのありかたを考えることにもつながっているということです。
【写真① 朝焼けのまち】
かたちを考えることが仕事
建築士の仕事は、かたちを考えることです。
けれど、私が考える「かたち」とは、完成した建築の姿だけではありません。
そこに暮らす人の話を聞く。
土地や建物が持つ特徴を読み取る。
さまざまなかたちの可能性を探り、考えを重ねる。
ときには立ち止まり、もう一度考える。
人と人が関わり、対話を重ねながら、一つの建築が生まれていきます。
そうしたプロセスも含めて、私は建築の「かたち」だと考えています。
建築は、設計者が一方的につくるものではありません。
そこに関わる人たちと共に考え、共につくり上げていくものです。
【写真② LEFTHANDSが設計した住宅】
くらしの詩が、まちの風景になる
暮らしには、一人ひとりの時間があります。
大切にしていること。
何気なく繰り返していること。
これから始めたいこと。
そうした日々の営みのなかに、その人ならではの「くらしの詩」があるのだと思います。
その詩を読み取り、空間というかたちにしていくこと。
それが、私の建築設計の仕事です。
そして、一つひとつの建築が集まり、まちの風景になっていきます。
建築は、そこに暮らす人のためだけにあるものではありません。
道を歩く人、隣に暮らす人、その場所を訪れる人にも関わりながら、時間を重ね、まちの一部になっていきます。
だからこそ、建築を考えることは、まちのありかたを考えることでもあります。
まちのなかにある詩
一方で、まちのなかにも、さまざまな詩があります。
道のあり方。
建物と建物のあいだ。
樹木がつくる木陰。
川に沿って続く風景。
普段は何気なく通り過ぎている場所にも、たくさんのかたちがあり、それぞれの美しさがあります。
私は建築士として、そうした場所の持つ可能性を読み取り、新しい空間のかたちを考えています。
そして、まちのかたちを見る目を人々のなかに育てたいという思いから、「まちまく」という活動を始めました。
詩を書き、写真を撮り、ことばとかたちを通して、まちの面白さや美しさを伝えていく。
一人ひとりが自分の感性でまちを見つめ、楽しむこと。
そんな人が増えることで、まちのありかたも少しずつ変わっていくのではないかと考えています。
ことばとかたちのはじまり
2026年10月、詩と写真の個展「ことばとかたちのはじまり」を開催しました。
同じ詩を読んでも、心に残る言葉は人によって違います。
同じ写真を見ても、惹かれるかたちは人それぞれです。
展示した長詩『線の詩』では、訪れた方々に好きな線を選んでいただきました。
選ばれる線は人によって異なり、それぞれの感性でことばを受け取っていることが伝わってきました。
まちを見る目も、一つではありません。
さまざまな見方があることを知り、自分なりの見方を見つけていく。
今回の個展は、そんな「まちまく」の活動が、人との出会いを通じて広がっていく機会にもなりました。
【写真③ 長詩『線の詩』の展示風景】
くらしの詩をかたちにする
一人ひとりのくらしの詩をかたちにする。
そのかたちが集まり、まちの風景になっていく。
そして、まちのなかにある詩を見つけ、新しいかたちを考える。
LEFTHANDSでは、住宅の新築設計から既存建物のリノベーションまで、さまざまな建築設計を手掛けています。
建築士として、空間をつくること。
建築詩人として、「まちまく」の活動を通じて、まちのかたちを見る目を人々のなかに育てること。
この二つの活動を通して、これからも、まちのありかたを考えていきたいと思います。
くらしの詩をかたちにする 空間づくりのプロ
建築設計 LEFTHANDS 一級建築士事務所
[LEFTHANDSの建築設計とプロセスを見る]
https://www.lefthands.net/
[machi-maku|まちまく]
https://www.lefthands.net/machi-maku/


