展示会出展ラッシュ
「無理なものは、やはり無理だった」――市場のリアルが証明した日本の技術優位性と、不確実な時代を生き抜く中小製造業の舵取り。
自動車業界は今、「100年に一度の変革期」の真っ只中にあります。
次世代モビリティやエネルギーシフトのニュースが連日メディアを賑わせる中、現場でモノづくりに携わる一企業として、私たちはこの変化をどう捉え、どこへ舵を切るべきなのでしょうか。
今回は、かつて私が交わした自動車開発の第一人者との対話と、現在の世界情勢から見える「これからの製造業のあり方」についてお伝えします。
■ 名車を生み出した「名匠」多田哲也氏が語った、FCVの本質
数年前、私はあるイベントで、トヨタ自動車で「86(ハチロク)」や「GRスープラ」のチーフエンジニアを歴任された多田哲也氏と直接お話しさせていただく貴重な機会を得ました。日本の自動車開発を牽引してきた、まさに「名匠」と呼ぶにふさわしい方です。
当時から次世代モビリティの動向を注視し、自社でも水素(FCV:燃料電池自動車)関連部品の製造に携わっていた私は、多田さんに「実際のところ、FCVはどうなのでしょうか?」と問いかけました。多田氏の回答は、非常に明快で本質を突いたものでした。
「走行時に水しか出さないFCVは、インフラさえしっかりと整備されれば、間違いなく『最強』のシステムだよ」
この言葉は、私たちの技術への誇りと未来への確信を大きく後押ししてくれました。さらに、巨大組織の中で新しい決断を通すことの難しさや、デザインに込めた哲学など、現場の最前線を知るプロフェッショナルだからこその重みのあるお話を、具体的な例(内容は伏せさせていただきます)を交えてたくさん伺うことができました。
■ EUの方針撤回が証明した、日本が誇るハイブリッド技術の正
この対話から数年を経た今、世界の自動車市場は劇的な転換点を迎えています。
かつてEU(欧州連合)は「2035年までに内燃機関を事実上廃止し、EV(電気自動車)へ全面シフトする」と宣言しましたが、現在はその方針を事実上撤回し、合成燃料(e-fuel)の容認など大幅な見直しを迫られています。
一部の地域ではEVの普及が急減速し、結果として今、改めて日本の「ハイブリッド車(HEV)」の価値が世界中で見直されています。
実は、私は当時から「インフラや資源、使用環境のリアルな現実を考えれば、EUが掲げる極端なEV一極集中は実現が難しいのではないか」と感じており、周囲にもその難しさを口にしていました。
モノづくりの現場を知る身として、あまりに急進的なルール変更には無理があると考えたからです。そして今、市場の現実はその予測通りの動きを見せています。
日本の自動車技術は世界一です。
そして、その筆頭であるトヨタ自動車はダントツの強さを持っています。
欧州を中心とした「内燃機関廃止」の動きは、見方を変えれば、その強すぎる日本の自動車産業の牙城を崩すために仕掛けられたルール変更だったのではないでしょうか。
しかし、本質的な技術力と市場のニーズを無視したルールは長続きしません。
「無理なものは無理だった」という結末が、現在のハイブリッド車への回帰という現状に繋がっています。
■ 変化に翻弄されない「先見の明」を持ち、しなやかに対応する
しかし、ハイブリッド車が見直されたからといって、今後の経営が平坦になるわけではありません。
急激なEVシフトへ舵を切った大手メーカーや、その方針を信じて大規模な投資を行ってきた下請け企業は今、はしごを外された形で非常に難しい局面に立たされています。
市場のルールやトレンドが日々刻々と変化する現代において、企業がどちらに舵を取るかを見極めるには、これまで以上に高度な「先見の明」が必要です。目先の流行に盲従することは、中小企業にとって致命的なリスクになり得ます。
私たち株式会社MATSUMURAもまた、この時代の奔流の中にいます。
水素関連の技術に携わる誇りを胸に抱きつつも、決して現状に甘んじることなく、世界の動向に常にアンテナを張り巡らせていきます。
そして、時代の流れや市場の変化に対して、しなやかに、かつ柔軟に対応できるよう、全社一丸となって技術を磨き続けてまいります。変化を恐れるのではない。
変化を成長の機会と捉え、群馬の地から確実なモノづくりを未来へ繋げていく所存です。
【本コラムに登場した専門家プロフィール】
多田 哲也(ただ てつや)氏 / 自動車開発エンジニア
1957年生まれ。1983年にトヨタ自動車に入社。レーシングカーの開発や商品企画を経て、2007年よりスポーツカーのチーフエンジニアに就任。富士重工業(現SUBARU)との共同開発による「トヨタ・86(ハチロク)」「スバル・BRZ」、BMWとの共同開発による「GRスープラ」の開発責任者を務める。トヨタのスポーツカーブランド「GR」の礎を築いた「名匠」として知られ、現在は退職し、自動車評論やモビリティの未来に関する発信活動を幅広く行っている。


