第4回 なぜ今、子どもは投げなくなったのか?──ボール遊び禁止が奪った発達と脳のスイッチ
なぜ今、子育てが大変になってきたのかー脳科学と進化論から見た「発達の逆流」
はじめに
近年、不登校や情緒不安定、衝動的行動、学習のつまずきなど、
子どもをめぐる問題が急増しています。
そのたびに、
「育て方が悪いのではないか」
「本人の努力不足ではないか」
という声が上がります。
しかし、発達科学・脳科学の視点から見ると、
本当に問うべきなのは、子どもでも親でもありません。
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問題は「能力」ではなく「条件」です
子どもの発達は、才能や性格だけで決まりません。
• どんな身体体験を
• どの順番で
• どれだけ経験してきたか
その環境条件によって、大きく左右されます。
近年の子どもたちは、
安全・効率・管理を優先する社会の中で、
ある決定的な体験を失ってきました。
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発達が動き出す「たった一つの条件」とは
それが
「投げる力(投力)」
です。
投力とは、腕力の話ではありません。
投げるという行為には、同時に
• 距離や位置を把握する力(空間認知)
• 力を調整する力(抑制・制御)
• 結果を予測し修正する力(因果理解)
• 相手や状況を読む力(社会脳)
• 次を考える力(計画・戦略)
が統合的に使われます。
これは、
脳にとって極めて濃密な発達刺激です。
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なぜ人類は「投げる」ことで生き延びてきたのか
進化人類学の視点では、
人類が他の動物と決定的に異なる点は、
「近づかずに環境を変えられる能力」を
獲得したことにあります。
• 危険から距離を保てる
• 仲間と協力できる
• 環境をコントロールできる
この能力の核にあるのが、投力
です。
だからこそ投力は、
生命活動獲得能力の序列で第一位
と位置づけることができます。
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社会が起こした「逆流」
ところが現代社会では、
• 危険だから
• 迷惑だから
• 管理できないから
という理由で、
投げる体験が排除されてきました。
結果、
• 失敗して調整する経験
• 力加減を体で学ぶ経験
• 興奮を自分で抑える経験
が失われています。
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その歪みが表れているのが、今の子どもたちです
• 衝動的になる
• 感情が安定しない
• 人との距離が分からない
• 学習に集中できない
• 学校に行けなくなる
これは、
子どもの問題ではありません。
社会が与えてきた環境の「結果」です。
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解決は、流れに逆らわないこと
必要なのは、
昔に戻ることでも、根性論でもありません。
自然界と同じように、
本来あるべき能力を
正しい位置に戻すことです。
旬の食材が体に良いように、
人類が獲得してきた能力を取り戻せば、
発達は自然に動き出します。
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結論
子どもがうまく育たないのは、
親の努力不足でも、子どもの資質でもありません。
発達が動き出す条件が、
社会の中で欠けていただけなのです。
その条件を整えたとき、
子どもは驚くほど変わります。
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では、
この「投げる力」を、
どう現代社会に安全に、効果的に再実装するのか。
つづく
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参考図書・資料一覧
発達科学・脳科学
• アデル・ダイアモンド
『実行機能 ― 脳を鍛える方法』
• ジョン・J・レイティ
『脳を鍛えるには運動しかない!』
• ダニエル・J・シーゲル
『マインドサイト』
感覚統合・身体体験
• A・ジーン・エアーズ
『感覚統合理論の基礎』
• エアーズ
『感覚統合と子どもの発達』
• 松本千代栄
『子どもの感覚統合と遊び』
進化人類学・社会性
• マイケル・トマセロ
『ヒトはなぜ協力するのか』
• ロビン・ダンバー
『ことばの起源』
• 岩田誠
『社会脳とは何か』
教育・社会構造
• デヴィッド・エルキンド
『急がされる子どもたち』
• ピーター・グレイ
『子どもは遊びで育つ』
• 文部科学省
『不登校児童生徒の実態調査報告』
• 国立教育政策研究所
『非認知能力に関する研究報告』



