【激闘記第1弾】旅立ちの風、壱岐へ
85km地点を過ぎた
残り15km、心の壁が立ちはだかる
壱岐ウルトラマラソン。
ラスト15kmに差し掛かると、
体はもちろん、
心の限界が真っ先に襲ってくる。
「まだ15kmもあるのか」
「あと2時間も走れるのか」
そんな問いが脳内をぐるぐると回り出す。
でも、一歩を踏み出すたびに、
心が“整っていく”感覚も、
確かにあった。
苦しいときこそ、
自分に戻れる。
それがウルトラの不思議な魔法です。
最後の1番の登り坂、
海から吹く風が背中を押してくれる
90kmを越えたころ、
ついに最後の長い坂が現れた。
走るというより“登る”に近い。
脚は鉛のように重く、
胸は焼けるように熱い。
それでも、海から吹く風が心地よく、
「行ける」と思えた。
この坂さえ終れば、
憧れのゴールが近づく。
そして、過去の自分を超えた
証が待っている。
走りながら、ただ祈った。
「ありがとう」
「どうかゴールまで」
ゴールの瞬間、
心に流れたのは“静けさ”だった
トンネルを抜ける
100kmのゴールゲートが見えた瞬間、
歓喜でも絶叫でもなく、
心に流れたのは深い静けさだった。
「やっと、ここまで来た」
「ありがとう、自分」
誰かと競っていたのではない。
過去の自分を、疑っていた自分を、
ようやく超えることができたのです。
静かに、でも確実に。
私は“再び自分に還る旅”を完走した。
あなたも、自分を整える旅に出る準備ができていますか?
祈りと食と対話。完走の翌日に訪れた“日常のご褒美”
旅館の風呂に浸かると、
赤くなった太ももがじんわり痛む。
でも、その痛みさえも
「ありがとう」と思えた。
夜の打ち上げでは、
壱岐牛や地魚のごちそうを囲みながら、
互いの挑戦をたたえ合う。
完走した人も、できなかった人も。
走った人すべてが“仲間”だった。
翌朝、勝本の朝市で
おばちゃんたちの声に触れ、
壱岐牛「うめしま」の壱岐牛定食を
ゆっくり味わう。
そのどれもが、人生のご褒美だった。
まとめ|走り切ったその先に見えるもの
完走の証。それはタイムや記録ではない。
「整って、還ってこられた自分」
こそが、最大の成果。
壱岐の風、海、声、食。
そのすべてが私を支えてくれた。
だから私は、来年もまた走るだろう。
何かを整えるために、
何かを思い出すために。
走ることは、
人生を整える旅そのものだった。
もっと自分を整えるヒントを日常に取り入れたい方へ
他の回も読む(5部作シリーズ)
第1弾:6年ぶりの完走へ|祈りの旅が始まった日
第2弾:嵐とともに始まった100kmの旅
第3弾:50kmを越えた先に待つ、孤独と希望
第4弾:限界の中で再会した“原点”



