走り切った一年に、ありがとうを|人生を整える旅の終着点
数字では測れない、後半戦のはじまり
壱岐ウルトラマラソン。
50km地点のエイドにたどり着いた私は、
すでに体力・気力の両方が
限界に近づいているのを感じていました。
ウルトラの怖さは、ここから始まる。
「走れるはずなのに、走れない」
それが100kmの後半に待ち受ける試練です。
エイドでの再出発──水を忘れた“痛恨のミス”
シャツ・短パン・靴下を着替えてリスタート。
が、走り出してすぐに喉が渇き始めて気づきました。
「水、飲み忘れた…」
しかも現金は持っていない。頼りはスマホだけ。
焦りながらもペースを守ろうとすると、
後方から50km部門のランナーたちが一斉に追い上げてきます。
抜かされるたびに乱れるリズム。
巻き込まれないよう蛇行しながら走るその中で、
私は“焦り”との戦い以上に、
**「自分との対話力」**を試されていたのです。
心が折れそうなときに問われる“整え力”
「水がほしい」
そう思い、
サポートの美穂さんに連絡するも、
返信は届かない。
スマホのバッテリーも、
身体のエネルギーも尽きかけた頃。
ようやく見えたエイドの看板に、
**「助かった」**と安堵したのを覚えています。
一口ずつ飲んだ水の味。
**「健康ってありがたい」**と、
心から思えた瞬間でした。
ひのきの香りもそう。
派手ではなく、
静かに寄り添ってくれる存在。
あなたにも、そうした“整え”が必要なときがあるなら、
自分に合った整え方を見つけてみませんか?
再び出会ったサポート、再び湧いた感謝
60km地点。
去年リタイアした場所に、美穂さんが立っていました。
今年は違う。もう、あの悔しさを繰り返したくない。
脚は限界。でも、気持ちは前を向いていた。
渡された炭酸ドリンクが、喉を通った瞬間、
身体の奥から命が戻るような感覚がありました。
健康とは、データや理屈ではなく、
“癒し”や“整い”の瞬間にこそ宿っている。
まとめ|50kmを超えてからの一歩が、本当の旅の始まり
完走者の多くが語るのは、**「50kmを過ぎてからが本番」**という言葉。
そこから先は、もう自分との対話だけが頼りです。
呼吸と、感謝と、静かな再起動。
それを支えてくれたのは、自然の力と、
人とのつながりでした。
この体験を言葉にして残せることもまた、感謝です。
もっと整えのヒントを知りたい方へ
他の回も読む(5部作シリーズ)
第1弾:6年ぶりの完走へ|祈りの旅が始まった日
第2弾:嵐とともに始まった100kmの旅
第3弾:50kmを越えた先に待つ、孤独と希望
第4弾:限界の中で再会した“原点”
第5弾:完走と涙のゴール。祈りの結末



