【激闘最終話】〜感謝とともに帰る旅〜
〜終わりたいけど、終わりたくない〜
【魂のゴール】
中間地点を越えて五時間半。
残された時間は八時間半。
数字だけを見れば余裕があるようで、
実は、身体は限界に近づいていた。
66キロの関門を越えたとき、
脚はもう上がらない。
それでも走り続けたのは、
ただ「必ずゴールする」という想いだけ。
壱岐の風に吹かれ、
祈りと感謝に導かれるように、
リスタート。一歩を積み重ねていた。
【声の記憶】
66キロの関門である
原の辻ガイダンスのエイドステーションを通過
遠くで聞こえた声に
足が思わず進み始める。
それはどこか懐かしい響き。
女子中学生か、高校生か。
バレー部の皆さんの明るい声が、
手拍子とともに空に弾けた。
彼女たちが陣取る
エイドステーションでのエールが
じつに心地よい。
ゼッケンに書いてある
ニックネームを読んでくれるのだ
「たかさん、パンパン!」
「たかさん、パンパン!」
「たかさん、パンパン!」
水分補給を終えて離れようとすると
数人が声を合わせて手を振ってくれる
「いってらっしゃ〜〜〜〜い」
その一瞬の声援が、
痛みと孤独を包み込んでくれた。
声の力は、ひのきの香りのように心を整える。
香りも言葉も、
響きの中に安心を届けてくれる。
【限界と静寂のあいだで】
75キロを越える頃には、
あんなに晴れていた空が
鉛色に沈み、湿度が体を覆う。
息が重く、足も鉛のよう。
それでも「まだ行ける」
と心に言い聞かせた。
時間との戦いではない。
己と対話しながら、
ひのきの森を進むように、
静かに、でも確かに歩みを続けた。
82.5キロ、関門通過。
66キロからここまででで
貯金が40分に減っていた。
たった15キロほどで20分減った。
でもまだまだここから。
ありがたいことに
しばらく大きな登りはない
と思ったが、ちょっとした坂があると
歩くしかないくらい。
もう走るための推進力は
残っていなかった。
下りを利用して進んでいく感じ
とにかくなんとかして前へ進む。
90キロ過ぎにある関門、
残された貯金は
30分になろうとしていた。
限界の先に残っていたのは、
数字ではなく「必ずゴールする」
という心の声、想いしかなかった。
【闇の道、光のトンネル】
91キロの関門を過ぎ、
シトシトと弱い雨が頬を叩く。
ダムへ向かってひたすら登りだけ、
歩いていても心拍は150を越える。
呼吸は浅く、視界は霞む。
「じぶんと戦ってはいけない」
その言葉を胸に、
心と身体を仲直りさせながら
一歩ずつ脚を進ませた。
ようやく見えたダムの灯。
「終わりだ」と思った瞬間。
無惨にもその想いはかき消され、
まだ坂が続いていた。
上っても上っても、終わらない。
それでも歩みは止めなかった。
95キロ地点、残り50分。
あるようでない残り時間
残り5キロを50分。
普通ならぜんぜん走れる距離。
けれど、95キロ走った身体には、
その“普通”が奇跡に等しい。
90〜95キロの5キロは50分かかっていた
消防車のライトが闇を照らしてくれる
団員の皆さんもここは強い言葉ではなく
優しくエールを送ってくれる。
拍手も小さな音だ。ここでの刺激は
逆にストレスになる。
その点をわきまえてくれることが嬉しい
島民の方々の優しさが伝わってくる
「ありがとうございます」
とだけ言葉が交わされる。
この沈黙こそが、
ひのきの森の静寂と同じ。
祈りの時間だった。
【終わりたいけど、終わりたくない】
ゴール前のシンボルであるでっかい橋が見えた瞬間、
心に込み上げてくるものがあった。
「あぁ、これで終わるんだな」
けれど同時に、
どこか寂しい気持ちもあった。
暗闇の中に浮かぶトンネル。
真っ暗なのに
「あと少しだよ」「頑張れ〜」
と声をかけてくれる島の人たち。
灯りを目指して走るその先に、
歓声が響きはじめた。
トンネルを抜けると大歓声が待ち構えている
仲間が「たかさーん!」と声をかけてくれる
すでにゴールした人たちみんなが出迎えてくれる
ゴールできた人間が全て勝者
これが100キロウルトラの醍醐味。
フルマラソンでは孤独のゴールに近いのだが、
ここは見知らぬ誰もが出迎えてくれる温かい場
FINISHテープが見えた。
その瞬間、
スポットライトの光に包まれた。
拍手と声援の海。知らない人同士が、
100キロを走り切った者たちを讃える。
そこに順位もタイムもない。
そこにあるのは、
祝福と感謝という名の共鳴、
走りきった身体よりも、
走り続けた心が光っていた。
終わりたいけど、終わりたくない。
それは、走りを超えて
「生きること」そのもの。
健康とは、与えられるものではなく、
祈りと感謝の循環の中で生まれる。
ひのきのように、見えない場所で誰かを癒し、
風のように、静かに寄り添う存在になりたい。
この夜の壱岐で感じたすべての声と光が、
これからの日々を生きる誰かの希望になりますように。
【最終話予告】
『光の朝に 〜祈りの島からの帰路〜』
夜明けの風、走り終えた身体、
そして感謝と健康を抱いて歩き出す“再生の朝”をお届けします。



