【激闘第2弾】〜壱岐の朝に吹く風〜
心を整え、香りとともに始まる
ウルトラマラソンの祈り
夜の静けさが降りるころ、
一日のざわめきがようやく遠のいていく。
深い呼吸をひとつ置き、
胸の奥に灯火をともすように、
この旅の始まりを振り返りたい。
6年ぶりに完走を果たした
「壱岐ウルトラマラソン2025」100キロ部門
完走率が7割に満たない過酷さが、
100キロという距離の厳しさを物語っていた。
私のゴールは制限時間のわずか10分前。
走り終えた瞬間、身体の疲労よりも、
心の奥から湧き上がる
『感謝』の想いが満ち溢れていました。
壱岐へ向かう船の上で
博多の港を訪れ、海風が頬を撫でる。
高速船の乗る桟橋には、
潮と風の香りが混じるような
柔らかい空気が流れていました。
港では、昨年に続き個別サポートをしてくれる
管理栄養士の美穂さんが出迎えてくれた。
昨年もこの大会でサポートしてくれた
信頼のパートナーだ。
昨年は雨と強風の中で
心が折れそうになる私を、
幾度も励まし、救ってくれた。
その恩返しの意味も込めて、
今年こそはと心を整えていた。
2年目なので美穂さんも
独自のメソッドを用意してくれそう
船内は参加者と応援の人々で満席に近い。
私は出発直前まで仕事の案件に追われ、
見積もりや資料の束を抱えたまま、
心ここにあらずで乗り込んでいた。
けれど、海に出て十五分ほど経ったころ、
隣の席の女性にふと声をかけた。
「行き先は壱岐ですか? それとも対馬ですか?」
その方は壱岐のケーブルテレビでMCをされていて、
驚いたことに当日の壱岐ウルトラマラソンの
前夜祭の司会を務めるという。
偶然の出会いに驚きながらも、
会話の中で次第に心が和らいでいく。
彼女は「人前で話すのはまだ緊張するんです」
と照れ笑いを見せた。
私はこれまでの前夜祭の雰囲気を伝えながら、
「あなたの声なら大丈夫」とそっと背中を押した。
そのやり取りの中で、
不思議とこちらの緊張も解けていった。
まるで、心の中の余計な重みが
海風に祓われたようだった。
島の香り、心の切り替え
到着後は、芦辺港近くの食堂で
美穂さんとランチ。
彼女はお肉が苦手なので、
壱岐の新鮮な地魚の店を選んだ。
昨年に続いて2度目の来訪
地元の海で育った魚の味は、
シンプルで力強い。
その一口ごとに
【自然の恵み】への感謝が
広がっていく。
食事を終えるころには、
体も心もすっかり
“島のモード”に切り替わっていた。
午後はレンタカーでコースの下見へ。
昨年のリタイア地点を確かめながら、
同じ轍を踏まないよう走る
イメージを重ねていく。
風の流れ、坂の傾斜、足裏の記憶。
そのすべてを確かめるように、
心が落ち着いていった。
前夜祭、祈りの時間
夕方に宿へ戻り、夜はラン仲間と前夜祭へ。
壱岐牛のローストビーフ、
マグロのお刺身、そして壱岐焼酎。
地元の人たちが誇りを持って
差し出す料理に、島の温度が宿っている。
明日への緊張と高揚が入り混じる中、
私は『ありがとう』の言葉を胸の中で何度も唱えた。
宿に戻り、お風呂で身体を温める。
湯気の向こうには、
自分を整える静かな時間がある。
お風呂は【心と体を整える場】。
湯の音を聞きながら、
心の奥のざわめきを手放していった。
ゼッケンをつけ、
荷物を整理し、翌朝の天気を確認する。
「明日はどんな旅になるだろう」
そう呟いて、
壱岐の夜風を胸いっぱいに吸い込んだ。
祈りとともに、
静かな一日が終わった。
結び:挑戦は、感謝の祓い
壱岐ウルトラマラソンの練習は、
走ること以上に『心を整える』時間だった。
香り、呼吸、感謝――
そのすべてが、ひとつの祈りの循環となる。
挑戦とは、自分を責める行為ではなく、
感謝を深める祓いの儀式。
その始まりが、
この『旅立ちの風』だった。
(第2話につづく)
『スタートの祈り ― 壱岐の朝に吹く風 ―』



