第7回 家庭と学校をつなぐデジタル活用 ― 保護者の理解と協力を得るには
ICTが「当たり前」になった教室で、起きていること

教室にタブレットやパソコンが並ぶ光景は、
今ではすっかり日常になりました。
ログインも、起動も、
子どもたちは驚くほど自然にこなします。
「もうICTは当たり前ですよね」
そんな言葉を聞くことも増えました。
でも、現場に立っていると、
”当たり前になったからこそ見えにくくなったこと”があると感じます。
操作はできる。でも、考えているとは限らない
子どもたちは、操作を覚えるのがとても早いです。
・タップする
・共有する
・コピーして貼り付ける
これらは、あっという間に身につきます。
けれど時々、
「操作は進んでいるのに、思考が止まっている」
そんな場面に出会います。
ICTは、使うこと自体が目的ではありません。
考えるための道具であるはずです。
この“ズレ”は、
放っておくと見過ごされてしまいます。
静かに広がる「見えない差」
ICTが当たり前になる一方で、
教室の中には、目立たない差が生まれています。
・つまずいているけど、声を出せない子
・操作はできるが、内容を理解できていない子
・周囲についていこうとして、必死になっている子
以前なら、ノートの様子や表情で気づけたことが、
画面の向こうに隠れてしまうこともあります。
ICTが悪いわけではありません。
ただ、見えにくくなるものがあるという事実は、
私たち大人が自覚しておく必要があります。
先生の負担は、確実に形を変えている
ICTが導入されたことで、
先生の仕事が「楽になった」と思われがちです。
確かに、効率化された部分もあります。
でもその一方で、
・トラブル対応
・操作のばらつきへの配慮
・授業進行とICT管理の両立
負担は減るどころか、質が変わって増えていると感じます。
ICTが当たり前になった教室ほど、
先生は多くのことを同時に考えています。
だからこそ、教室には「人」が必要
ICTが当たり前になった今、
本当に必要なのは、
機械を増やすことではありません。
・子どもの変化に気づく人
・授業の流れを守る人
・先生を支える人
ICTが進化するほど、
人の役割は、むしろ重要になっていきます。
当たり前の裏側を、見続ける存在として
ICT支援員は、
目立つ仕事ではありません。
でも、
「当たり前」の裏側で起きていることに気づき、
そっと支える存在でありたいと思っています。
次回は、
それでも私が、ICTは必要だと思う理由
について、もう一度、原点から考えてみたいと思います。
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