薪ストーブの規制はいかにあるべきか?④ー 薪ストーブの規制の本質は「郷に入っては郷に従え」
薪ストーブの煙を規制しようとなった場合、普通に思いつくのが、煙の排出量について厳しい基準値を設けることです。
たとえば薪を1時間あたり3キロ燃やした時の排ガス量が5立米として、よく言われる米国の環境保護庁が定める薪ストーブ(ただし触媒機)の基準値2.5グラムを、大気汚染防止法のダスト(ばいじん)の規制値にあてはめると、排ガス1立米あたり0.5グラムという規制値になります。
これは小規模な廃棄物焼却炉のばいじんの規制値だと0.15グラムなので、0.5グラムはそれよりは多いですが、骨材乾燥炉の基準が0.5グラムというように「規制値としてあり得る範囲」であります。
ばいじんとNOxの排出基準値一覧
よって、バグフィルター、要はダストをキャッチするフィルター状の処理装置ですが、廃棄物焼却炉だと必ずというほど備わっている設備がなにもなくて、燃焼だけで勝負する薪ストーブという装置としては「頑張ってなんとか達成できなくもない規制値」かなという気がします(現に触媒機なら達成)。
そういうわけで、例えば、こんな排ガス1立米あたり0.5グラムというような規制値を作って、それ以下の薪ストーブは販売できないようにすれば、薪ストーブによるエコな暮らしとして世の中に薪ストーブが普及して万々歳か??と言いますと……実際問題は、そうはいかないと思います。
二つ、問題があって、まず第一に、とりわけ最も普及しているバッフルプレート+二次燃焼空気供給、いわゆるクリーンバーン機といわれるタイプの薪ストーブですが、たとえばこんな数字は「チャンピオンデータ」、かなり無茶な数字じゃないかと思います。するとどうなるかと言いますと……だいたい次のような展開になると思われます。
- 限界に挑戦!的な造りで、機種の承認申請用データとして規制はクリアーするが、それはコストがかかったピカピカの状態でなんとかクリアーしただけで、しかも本体価格はかなり高額なものになる
- ユーザーによる実使用の段階では、そんなピカピカの状態は到底維持できないし、そもそもコストがかかった構造の維持もたぶん難しい。結果、実際にそれが使われる住宅地では規制はクリアーできず、煙が出続ける状態が定常化する
- そこで近隣から苦情が来ても「これはちゃんと規制をクリアーした薪ストーブです。規制をクリアーするために、わざわざ高いお金を出して購入したのです」ということで、論点が合わなくなり、ギスギスする(人間はお互い、感情の生き物です)
- 結果、薪ストーブユーザーの評判は社会的に悪くなり、そもそも規制をチャンピオンデータ的にクリアーする薪ストーブは非常に高価であまり売れず、承認申請までをクリアーしてそんな複雑なものを作ろうというメーカーも少なく、薪ストーブそのものが廃れる。
逆に言えば、陰謀論的ですが、薪ストーブという存在そのものを、社会からできるだけ駆逐したいのであれば、この方式は優れています……というか、国策として似たような施策を大々的に展開した実例が日本にはあります。
いわゆる産廃焼却炉ですが、20年くらい昔には、けっこう日本のあちこちにあったのに、最近、すっかり見かけなくなったと思いませんか??あれは国策として環境大気中のダイオキシン類を減らすために、まさにチャンピオンデータによる規制値を仕掛けた例です。
私は、その規制が実際に守られているか?を測定する仕事に従事しておりましたので(この仕事自体も非常に厳しいハードルがありました。末尾の【おまけ】参照)、その実態を、チャンピオンデータによる規制を仕掛けたその効果を、たぶん「誰よりも」というくらい肌身で知っていると思います。
最初は、設備が導入したての新品ピカピカの状態なら規制をクリアーできなくもないのですよ、確かに。けど、上記の薪ストーブと違うのは、年に1回、「今も」クリアーしているかを、定期的に、ずっと、測定して報告して、クリアーできなければ改善する、ということが求められました。
実際は、そんなの無理なんです。現場行って「普段のやり方で」燃やしている様子をみればすぐにわかります。新品ピカピカの状態なんて到底維持できていない。煙だって、もはや見ればわかるレベルです。測定の時だけはどんなに気を付けて慎重に燃やしたって、そんなので規制をクリアーするなんて……なんというか、私からすれば「絶望的」に見えました。
結果、とりわけ小規模な個人商店的な事業者から、次々とギブアップしていきました。そりゃそうです、「合わない」。焼却対象の廃棄物を受け入れる「軽トラ1杯〇〇円の処分費」に対して、その設備を維持し続けるためにかかるお金が、まるっきり合わなかったはずです。結果的に、廃棄物焼却炉は、非常に大規模な施設に集約されていきました。
あと、二つあると最初に述べた第二の問題なのですが、一般に焼却設備を燃焼1時間あたりとか排ガス1立米あたりとかの排出量で規制する場合、それは必ずというほど薪ストーブでいうところの「巡行運転」での数値となります。燃焼設備には「立ち上げの時に排出される煙がとても濃くなる」という原理的限界がありますが、形式に基づく規制では、逆にこの部分が取り上げられることはありません。
ダイオキシン類の規制でも、立ち上げ等で煙が濃ければ、排出が巡行運転時と比べて桁違いに多くなるデータがありましたので、本当なら「そこ」を規制の対象にすべきでは?などと、現場で廃棄物焼却炉の実際の立ち上げの煙を毎日のように見ていた私は、よく思いましたが、そこは「立ち上げ状態での運転を極力減らすことも課題」とガイドラインに書かれただけでした。
しかし、先ほど述べたように、小規模事業者のギブアップによって廃棄物焼却炉は非常に大規模な施設に集約されていきました。施設の規模が大きくて、燃やすものが大量にあれば、施設を運転維持する側としても「連続運転」(薪ストーブでいうところの巡行運転の維持)の方が、ずっと運用し易くなります。大規模な施設への集約の結果として、必然的に「立ち上げ」という状態も、ほとんどなくなりました。
ちなみに「この大きな炉で、燃やすものが大量にあるなら、連続運転の方が容易で、煙も少なくて済む」というのは、薪ストーブにおいても完全な真理です。問題があるとすれば、大きな炉を維持するのにそれなりのお金がかかる場合があるのと、何よりも、それだけ大量の薪を毎年毎年、人間年老いてもいくのに、どうやって確保し続けるの?という悩みはありますが(海外は、このあたり事情が違うのかもしれませんね……)。
すなわち、薪ストーブの運用実態が、スタート&ストップが多いとするなら、せっかく形式、つまり規制をクリアーしたものしか販売しない、ということで規制しても、実際にはほとんど意味を成さなくなる可能性は、この「立ち上げの時に排出される煙がとても濃くなる」という要因によっても、非常に高くなります。
さて、話を廃棄物焼却炉に対するダイオキシン類規制のことに戻します。チャンピオンデータ的な厳しい規制で結果的に起こったのは、日本の至る所にあった、とりわけ小規模な焼却施設の、まさに「駆逐」でした。それは、ダイオキシン類対策という切り口から見た場合は、大勝利というような成果をもたらしたのです。
環境省 ダイオキシン類の排出量の目録
ただ「測定者」として現場に立ち続けた私は、非常に複雑な思いで、この小規模施設の廃止と大規模施設への集約化の社会的展開を眺めてました。測定結果が思わしくないたびに肩を落とし、施設改善の金策と工期に悩み、事業を断念して廃業して去って行った人々は、たまには「いかにも」ヤクザふうな方もいらっしゃいましたが実際には悪い人や怖い人でもなかったし、多くはどこにでもいる普通の方でした。そこで雇われている兄ちゃん達も、施設と共にもちろん居なくなりました。
結果的に日本の大気は、どんな山中も津々浦々、この駆逐政策によって相当きれいになったと思います。けど、それは「日本の国力」としてはどうだったのか??とも、私は少し引っ掛かってもいます。少なくとも処分場までの輸送コストは大きく増えたはずです。また焼却処分費自体も高くなったはずで、それらは廃棄物を減らす動機にもなったとは思いますが……
話が逸れ過ぎましたが、何が言いたかったか?というと、薪ストーブの規制と聞いて、普通に思いつくだろう「厳しい規制値を設定して、それをクリアーしたものだけを販売する」というやり方は、結果的には運用実態との乖離を生じるということが容易に予想されるということです。
そこで規制値クリアーを「定期的測定確認」で義務付ければなおさら、それをやらなくても苦情に対して「規制をクリアーしたものを高いお金を出して購入しているのに何が悪い?」と人間は気持ちとして言い出しかねず、結局は薪ストーブそのものを社会で廃れさせることにつながるだろうということです。
目指したいのは、地球温暖化の防止にもつながり、エネルギー利用としても合理的で、ご近所さんに迷惑をかけることなく続けられるエコな暮らしとしての薪ストーブです。そのための規制はいかにあるべきか??現場からの提言、長くなりますが、まだしばらく続きます。
【おまけ】今日、記事を書いてて本当に久しぶりに環境省のダイオキシン類関係のサイトを見て、ハッと手が止まりました。
ダイオキシン類の請負調査の受注資格審査
いや……私は本当にこれに青春をかけたような職業人としての駆け出しの日々でした(20代でフサフサだった髪の毛をゴッソリなくしたのもこれが原因(笑))。当時大手でも最難関と言われた、この審査を弱小機関として独力で突破していく過程で身に付いた様々な技量経験が、その後の私のベースになりました。私が心身を削って審査を通した二つの会社、受注資格を有する事業所リストの最終版でも残ってました。