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大屋渡(おおやわたる) / 薪ストーブの設置及び販売

株式会社愛研大屋環境事務所

コラム

薪ストーブ設置工事も当然対象!石綿調査届出義務範囲拡大に思うこと

2022年4月12日

テーマ:薪ストーブから見える社会の現実

コラムカテゴリ:住宅・建物

コラムキーワード: キッチンリフォームDIY

 価値観の多様化や少子高齢化による人口減など、様々な要因があるとは思いますが、最近の薪ストーブ設置のご相談で比較的多い動機は、例えば自然豊かな環境の郊外などに古い民家を購入し、それをリフォームして水回りの更新のみならず断熱性能等を強化し、新たな暮らしをそこで始めようとする際に、暖房手段として薪ストーブはどうだろう?というものです。

 多くの場合、それらのリフォームでは、家そのものの断熱性能を強化しようにも限界がある一方で、とても広い間取りを持っていることなど、暖房器具としては最も強力と考えられる薪ストーブは、立地環境での薪の原木の手に入りやすさ、薪を乾燥させるための庭の広さも相まって、状況に対して、とてもマッチしていると言えます。

 しかし、これは薪ストーブということに限らないのですが、今年(2022年)の4月から、このような薪ストーブを積極的に導入したいような家屋のリフォームに対して、大変申し訳ありません、言葉は悪いかとは思いますが「障壁」が立ちはだかるようになりました。

 すなわち建物の改修工事に前もって必要とされる石綿調査と行政への報告が、新たな暮らしを始めるために行われるような「全ての」リフォームについて義務化されることになりました。大気汚染防止法改正による措置で、その詳しい内容については様々な自治体が公表しておりますが、例えばこちらの西宮市のWebサイトがわかりやすいと思います。

解体等工事を行う場合の石綿有無に関する事前調査について

 この報告義務は、報告をしなかったり、虚偽の報告をした場合には罰則(罰金刑)があるという意味で厳しいだけでなく、義務化の網がかかる対象となる工事の範囲について、非常に広く、網の目が細かいという意味で、非常に厳しいものです。

 ポイントは『請負代金の合計額(消費税込み)が100万円以上の改造・補修工事が対象』ということと『材料費も含めた工事全体の請負代金で100万円以上かどうか判断される』ということです。どれほど広範囲の工事が報告義務対象として引っ掛かるか、こちらの足立区のWebサイトがわかりやすいです。

令和4年4月1日から、アスベスト調査結果の報告が義務付けられ

 なにしろ、報告義務が生じる工事の例として

・建築物の給湯器の交換工事で、給湯器の価格が80万円、作業工賃が30万円となるもの
・建築物の給湯器の交換工事で、請負代金の合計額(消費税抜き)が95万円、合計額(消費税込み)が104万5千円のもの

……って、こんなの、薪ストーブ設置工事が対象にならないって、普通の設置スタイルなら、かなり難しいと思います。

 しかし、まさに、例示の給湯器の交換工事なんて最たるもののように思いますが、報告義務の根拠は「大気汚染防止法」です。具体的には、工事作業に伴って石綿が大気中に飛散し、周辺住民の健康が害されるリスク(代表的には中皮腫を発症するリスク)を想定するわけですが……それって、今までどんな実害が出たのでしょうか??

 ただ、報告義務対象がこのたび拡充されたわけですが、実際の作業にあたる作業者(労働者)の健康保護の目的では、もともと「全ての工事」を対象に石綿含有の有無を調査することになっています。しかしこの労働者保護においても、石綿含有製品の製造に直接従事していたような労働者ならいざ知らず、設備の交換工事や建物の改修工事の従事者が中皮腫を発症したような事例って、どれほどあるのでしょうか?

 実際に、このたびの規制強化の根拠として挙げられているのは、環境省から発出された「不適切な工事がなされた例があったから」という、次のような通知です(平塚市のWebサイトより)。

事前調査の不徹底が認められた事案等について

 この強化の根拠とされた事例でも、具体的に健康被害を生じたとか、現実的なリスクが顕在化したというよりも、リスクを未然に防止すべく定められた規制に違反していたから、というような話です。

 一般的で身近な話に例えますと、考え方としては、自動車のスピード超過の取り締まりのようなものです。速度規制を守らなかったからといって、すぐさま事故につながるわけではありませんが、事故の未然防止には意味があります。何しろ、スピード超過が主原因で亡くなる人が、実際にいらっしゃいますから。この死者が増えたりすることが規制強化では通常は重要になります。

 しかし、この記事で、私があえて「障壁」という表現で申し上げたのは、実際に、あからさまに高リスクな吹き付け石綿(石綿含有率も例えば60%とか凄いです)でもない、あるいは囲い養生の中で大規模に塗膜を剥離させる(粉塵凄い)わけでもない、普通の成形ボード形状の建材(調査会社に在籍していた経験上、石綿含有率5~10%も出れば「多い!!」という感じ)だけから成る建築物の改修工事や補修工事に従事している全国数多の大工さん等で、作業に伴って飛散した石綿が原因で中皮腫になったような方って、これまで果たして実際にいらっしゃるのか?と疑問に思えてならないのです。スピード超過の取り締まり強化との違いがここにあります。

 一方で現実問題として、人が生きている間には様々なリスクがあります。リスクがもたらす結果として最たるものは、そのリスクのために死んでしまうことです。例えば今、超過死亡(人は寿命その他で毎年一定数が亡くなっていきますが、過去のデータをもとに統計モデルから予測された死亡数を越えて観測された死亡数)が異常に多いことが話題になっております。

6万人もの異常増加。日本で2021年に「戦後最大の超過死亡」

 しかし国が、この「例年になく、実際にたくさんの人が亡くなった」という事柄について、これをもたらしたリスク原因について何か調査をするとか、そのような動きは何もありません。

 そのように実際に顕在化しているリスクには何も手を打とうとしないのに、ヘタしたら誰も亡くなったりしていないのではないか?と思われる「建築物を対象にした、よくある普通の工事に伴って石綿が飛散して中皮腫になる」というような、ほとんど可能性が想定されるだけのリスクについては、具体的に規制強化して徹底的に取り締まるという現状が、今の私たちの社会には存在しているということです。

 そこで一度、考えてみて頂きたいのですが、では、いったい何を目的として、このたびの「請負代金の合計額(消費税込み)が100万円以上の工事は全て報告対象とする」というような規制強化が行われるに至ったのでしょうか?

 その「100万円以上」を対象にすることに決めた、検討過程を示す資料が、こちらにあります。

事前調査結果等の届出(新たな簡易届出)制度について

 これをかいつまんで意訳しますと

  • 規制違反の事例もあるし、電子報告だったら報告数が増えても対応できるから広く調査報告対象にしてしまえ
  • わかりやすく、石綿含有のおそれがないなどと言い逃れが出来ないように、石綿がなさそうな場合も含めて一律に調査報告対象にしてしまえ
  • 本当は戸建て住宅の解体工事の大部分をカバーするのが狙いだけど(これそのものは私も理解します)、改修工事でも水回り工事が報告対象から外れるのはまずいと思うから請負金額100万円以上で線引きして全部調査報告対象にしてしまえ


 ……というような話です。ちなみに「水回り工事」といったって、調査機関に在籍していた経験で言えば、工場や事業所などで、ボイラー室からの大容量で長い給湯配管をしっかり包んでいる保温材として、石綿含有保温材が使われる可能性は確かに比較的高いです。しかし通常の民家のキッチンリフォームでは石綿含有保温材まで使って配管保温徹底とかまず見かけません。

 これ……国が決めたことに対して、大変失礼ながら申し上げますが、もはや規制そのものが目的化していませんか??……健康被害防止という名目はあれども、実際に健康被害が発生しているかも、全く定かではないようなリスクに対して、とにかく規制の徹底を図ろうという話です。

 私が、この記事で「障壁」と表現したのは、このように、社会全体における問題影響の重大性(例えば具体的に顕在化している被害)に基づく優先順位やコスト対効果といったことを何も考えず、自らの守備範囲における規制徹底ということを貫徹したいだけの人々が、社会全体に対して相当なコストを具体的に負担することを強要している状況になっているからです。

 繰返しになりますが、問題提起したいのは、この2022年4月からの、石綿調査報告義務の規制拡大は、調査を中心に間違いなく社会全体に相当なコスト負担を求めることになる一方で、その結果として、どれほど、社会全体の抱える具体的問題を改善してくれるものなのか?という視点が抜けてはいないか、ということです。

 今、私たちの社会は、少子高齢化によって人口減少が進む中、増大する一方の社会保障費をどうやって負担しようかという大きな問題を抱えています。それに対しては、実際に死亡を増大させるような事態に至る健康リスクに優先順位をつけて対処しつつ、同時に生産活動、つまり新たに何か価値を生み出す活動を活発にさせて財を生み出していく必要があります。

 私自身、しがない薪ストーブ屋でしかありませんが、そんな社会の文脈を意識して「煙の少ない」「少ない薪からより高効率に熱を室内に取り出せる」「交換部品も要らず高耐久性で寿命が長い」薪ストーブの普及に努めております。

 こういった中、例えば消費税増税は、社会保障費の具体的な足しになる一方で、経済活動を冷え込ませるなどとよく言われます。しかし、税込み100万円以上の全ての改修工事に、石綿調査の報告義務を課すのは、多くの工事で間違いなく、消費税以上のコストアップをもたらします。要求されている石綿調査というのは、そんなに簡単なものでありませんから……

 また規制強化は、行政側としてもコストが増えます。電子報告システムの開発や運用コスト、規制運用にあたる人の労働コスト……もちろん税金ですし、そもそも医療のみならず、教育でも社会福祉でも、人の活躍ポテンシャルを下げないための具体的社会的課題が山積みの中、行政の皆さんも物凄く多忙なはずです。それなのに健康被害がもともと実際には出ていないと思われる、実効性として疑問の残る規制対象に、何の歯止めもなく運用強化が開始されました。

 このコラム記事は、これをもって社会を変える動きにつなげたいとか、そんな何か大それたことを意図しているわけではありません。ただ、今の私たちの社会の「現実」を、皆さまに、あらためて認識して頂きたいとは考えております。これからの社会をより良いものにしていくための全ての動きは、現状を正しく認識することからしか、始まりませんから。

 最後になりますが、このたびの報告義務強化は、いわゆるDIY、業者に依頼しない自主施工すら対象になります。そのあたりも含めて、実務履行は大事ですので、その目的においては、こちらの広島県のWebサイトが参考になると思います。

解体等工事時における石綿飛散防止対策(改正大気汚染防止法)

 本コラムは、これからも、薪ストーブを切り口に、今の私たちの社会について何が見えるか、紹介していきたいと思います。異色&長文のコラムとなりますが、今後もお付き合い下さいますと幸いです。

この記事を書いたプロ

大屋渡

「炎のある暮らし」を提案する薪ストーブの専門家

大屋渡(株式会社愛研大屋環境事務所)

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