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大屋渡

「炎のある暮らし」を提案する薪ストーブの専門家

大屋渡(おおやわたる) / 薪ストーブの設置及び販売

株式会社愛研大屋環境事務所

コラム

薪ストーブでエコな暮らしは難しい ー 世間の実態から見える日本の限界

2021年8月10日 公開 / 2021年8月11日更新

テーマ:薪ストーブから見える社会の現実

コラムカテゴリ:くらし

 オリンピック選手が悲鳴を上げた猛暑がまだ続いている折しも、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、8月9日、

人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない。

熱波など暑さの異常気象が1950年代から頻度と激しさを増しているのは「ほぼ確実」。一方で寒波など寒さの異常気象は頻度も厳しさも減っている

といった趣旨によって、温暖化対策の一層の強化を促す政策決定者向けの報告を公表しました。
温暖化は人間が原因=IPCC報告 「人類への赤信号」と国連事

 ある程度「今さら」という感覚はありますが、逆に言えば諸説を様々な立場から検討する研究者の集団としては「確実」と断定することは珍しく、「可能性がある」という文言で表現するのが常道で、「わからないことがある」ことを重く見るものだということが表れていると言えます。

 人間活動による地球温暖化は、このIPCC報告でようやく「確実」と位置付けられました。そこで温暖化の原因である二酸化炭素の排出を減らす一つの手段が薪ストーブであるわけですが、エネルギー源をより合理的、効率的に活用するという工学の文脈では、薪ストーブの優位性、合理性というのは、それこそ「確実」です。

  • 海底等に堆積した生物の死骸のうち、分解を免れたほんの僅かが何億年レベルで変性し蓄積した結果の「地球史的ストック」としての化石燃料ではなく、数十年レベルで繰り返し再生される「生活史的フロー」としてのバイオマスをエネルギー源にしている
  • エネルギーはそれが生み出される場所に可能な限り近い場所で消費され、副次的な低位の熱エネルギーに至るまで漏れなく活用されることが高効率な利用の原理原則であり、薪ストーブは経済的理由によって、現実的にこの原理原則に合致して運用される


 このように薪ストーブが工学的に有利、合理的なのは「確実」です。でも、いわゆる「エコ」、環境にやさしい的な文脈の中では、薪ストーブは果たしてどうなのか?? ーー 名古屋市などを中心に、いわゆる「環境の仕事」どっぷりで生きてきた私には、薪ストーブを仕事にするうえで忘れられないエピソードがあります。

 政令指定都市である名古屋市には、市民生活や事業活動に関わる環境規制、環境改善のための許認可や指導を広範囲に行う「環境局」という部局があります。そこに長く所属して現場第一線での経験も豊富で、法的ロジック構築もやり手のK技師(規制側)は、私(事業者側)とは仕事を通して丁々発止のやり取りもしつつ(実際には私の書類不備をさり気なく助けて頂たりでしたが)、冗談を言い合ったりする友人のような仲でした。

 私が勤め先の会社で薪ストーブ事業を新たに始めるにあたって、市の環境行政をよく知るK技師に「今度、薪ストーブの設置販売の事業をやろうと思うんですよね」と、環境局の事務所の一角で個人的に報告をした際の、彼の躊躇も何もない明確な一声。

 「薪ストーブ?!そんなもん、やめときゃぁ」

 K技師は、その時点では大気汚染系の担当でも、温暖化防止の担当でもなかったし、薪ストーブ事業は市への届け出を要する事業でもなかったのですが、それでも環境、いわゆる「エコ」に携わる現場の第一線に身を置いてきた行政官の、薪ストーブに対する本音が、とてもよくわかる返答だったと、今にして思います。

 私は薪ストーブの仕事を重ねていく中で、他業者さんの設置分も含めて、薪ストーブの環境面での影響を実際に受ける多くの人々のことを知りました。それが「ある特定の一軒の薪ストーブの使用に伴って、近隣の不特定多数の住民が煙や臭いに悩まされ、苦しんでいる現実」でした。K技師は、市に持ち込まれるそういう苦情の実際をよく知っていたのです。

 そもそも環境行政、環境規制は、1990年代以降、温暖化抑制やオゾン層保護のような地球的な広い分野に係る施策と同時に、こと「燃焼」という人々の生活にとって非常に馴染み深い活動に関して、身近な分野での規制を積み重ねてきました。

 1992年には自動車NOx(窒素酸化物)法(2001年から自動車NOx・PM(粒子状物質)法に改正)、1996年には大気汚染防止法の対象にベンゼン等有害物質が追加、1999年にはダイオキシン類特別措置法……といった具合です。

 2000年代に入ってからも「燃焼」に伴う規制は強化の一途を辿りました。その背景には、燃焼に伴って生じる様々な化学物質による発がんリスクのみならず、とりわけ「PM2.5」や石綿のように、その物質そものに化学的活性があるか?とか自然由来か?に関係なく、単純な「粒子としての大きさ・形状」に起因して、微粒子が肺の奥まで吸い込まれてしまうことに伴う健康リスクが認知されてきたことがあります。
政府広報オンライン 「PM2.5」による大気汚染
アスベスト(石綿)による健康障害のメカニズム

 結果的に、とりわけダイオキシン類騒動以降、事業系ないし自動車系の「排気ガス」は「見た目」において相当程度クリーンになり(一部には、これアウトでしょう?という排出例も今なお見かけますが)、現在は黄砂(4μm程度の粒子が中心ですが、2.5μm以下、すなわちPM2.5も含まれます)や大陸からの有害物質を含む大気の越境飛来などが問題になる世の中になりました。もちろん「見た目」にはわからない、事業に伴う臭いの苦情などは、騒音と同じく、今なお連綿と続いているのですが……

 このような世の中の「特に見た目としての燃焼等のクリーン化」が進んだ状況の中で、使用そのものについて野放し「ノーマーク」なのが薪ストーブです。薪ストーブも燃焼である以上、健康被害を発生させる可能性は、もちろんないとはいえません。

 ただ、実際問題として例えばPM2.5に着目して健康被害の可能性を考えると、タバコの煙モウモウの状態が空気1立米あたり(以下同じ)で数百μg、活動を控える目安となる暫定指針値が1時間の値として80ないし85μg、活動を慎重にするよう注意喚起べき値として70μg、健康に問題ないとされる1日平均値は35μg、年間平均で15μg……といった数値となりますので、後述しますが「条件によっては」PM2.5的にも実質問題ない薪ストーブの使用は充分可能と考えているのですが……

 ともかく、薪ストーブには規制というものが、今のところ何もありません(別の記事で述べるつもりですが、一部の自治体を除きます)。それは何故なら「生活に伴って発生するものだから」という位置づけにあるから。花火やバーベキューなどと同様に受忍限度内として、あるいは生活に伴う騒音や臭いについて法規制がないように「ご近所同士のお互いさま」として、近隣付き合いの関係性の中で問題解決されることが、社会制度的には求められている状態であると言えます。

 ところが、ここで薪ストーブならではの、しかもそれを日本で使用することならではの限界が生じます。すなわち、薪ストーブは少なくとも立ち上げの段階では、煙や臭いが出ることが絶対に避けられないこと、そして何より、被害を被っている方からよく言われるのですが、いわゆる「住宅街」、日本は土地が狭くて隣家までの距離が近いのです。このために、何も考えずに使用すると普通に近隣に被害が生じ得る状況が存在するわけです。

 ここで、先ほど述べたように「条件によって」このような近隣の被害を防止することができるのですが、その条件とは何か?薪ストーブ運用の技術的には主に以下の3点となります。

  • いわゆる「巡行運転」を達成した状態において、煙(臭い及び粒子状物質)が隣家との距離に応じて充分少なくなるような排ガス処理機構を有した、一般的にはより高価な薪ストーブを購入時の本体機種として選択する
  • 薪ストーブに火が入っている時間全体の中で、「巡行運転」になっていない(立ち上げ状態にある)時間の割合が、相対的に出来るだけ短くなるような運用(極端な話、シーズン中はずっと焚きっぱなし)とする
  • 薪ストーブをどのように燃やすかという具体的使用全体を通して、炎に出来るだけ無理をさせない薪及び燃やし方を選択する。具体的には充分に乾いた薪、熱量の高い薪、太すぎない薪、補給間隔を欲張らないこと


 これらの運用条件が適切であれば、近隣の住民を特段に悩ませることなく(使用に伴う影響が全くゼロということは難しいとは思います)、薪ストーブを使った暮らしは可能です。ただ、実際問題としては、日本の薪ストーブユーザーはどうなのか?上記3条件をどこまでちゃんと配慮して運用できるものなのか?? ーー ここで「よくある答え」が、行政官であるK技師の反応に出ていたのだと私は思います。

 すなわち、私が薪ストーブの設置販売で活用したツールがSNSでしたが、世間での被害をリアルに感じるツールとなったのもSNSでした。薪ストーブのシーズンになるとSNS上には、少なからずご自身の近所での薪ストーブの使用の影響を受ける人々による嘆きや怒りの声が聴かれます。それは私がSNS活用の中で独自に把握することもあれば、こちらのアカウントのリツィートで知ることもありました(立場は異なりますが相互フォローし、相談などもしたりします)。
ツィッターアカウント「薪ストーブ被害者の会(仮)」

 あるいは、少し調べただけで、やはり薪ストーブの煙による被害を苦情として訴える先は行政しかないし、苦情を持ち込まれる行政も悩んでいる、そんな生々しい声も拾うことが出来ます。
ご意見(2018年1月15日受付:Eメール) においについて
薪ストーブ(暖炉等)を設置予定又はお使いの方へのお願い

 私が名古屋市のK技師から「やめときゃぁ」と言われたのは、薪ストーブの年間販売台数としてピークを越えた2015年の頃だったと思いますが、その後、煙問題への警戒の高まりや、薪ストーブの性能は進化したと言われ続けながら、結局、このような状況は、今も何も変わっていないと感じます。

 私が、そこで折に触れて思うのは、「人は、どこまで「エコ」になれるのだろうか?」という疑問です。「エコ」とは、もともとは生態系ecologyから来ている言葉で、生態系では、多様な構成員が、それぞれの個性都合に基づき活動をするのですが、それは結果的には他の構成員も含めたシステム全体を利する調和に繋がるというのが本来あるべき姿である ーー 現実の厳しさに対して、なんとも優しすぎる概念ですが「利他」の要素が言葉のイメージにあることは確かです。

 しかし全体の中での割合等は不明なのですが(ココはまた大切です)、私がちょくちょく目にする薪ストーブの使用実態からの印象は「エコ」ではなく「エゴ」、すなわち自分の利益だけを考えて他人の利益は考えない思考や行動の様式に他ならないように思えるわけです。数は多いか少ないのかわからないけど、一定数、そういう薪ストーブユーザーが日本にいることは間違いない。それが本コラム標題の理由です。

 そんな中で、地球全体、温暖化対策の文脈からは「カーボンニュートラル」、二酸化炭素ゼロエミッションで輸送その他関連エネルギー消費も少ない理想的な暖房方式として、いくら薪ストーブを普及させたくても、政府や自治体としては無理だろうと私は思うのです。なぜなら、地球全体としては良いかもしれないけど、地域の近隣の皆さんの生活環境からすれば「たまったものではない」代物であったりするわけですから……

 この記事を皮切りに、時々、専門家としての見立て、見解のようなものをご紹介して、何かしらお役にたてればと願うのですが、そこでおそらくずっと言い続けるのは「全体と、部分部分のバランスを、いかに整えるか?」という問題です。薪ストーブは地球全体としては良くても、地域という部分ではダメダメの可能性が相当あるのです。そこのバランスを取らなければなりません。

 そもそも私たち人間一人一人も、基本的には「エゴ」を必ず持っていて「エコ」になんかなり切れない。けどバランスをちゃんと取っていかなければ、最終的には自分だけ滅びるか、システム全体もろとも滅びるしかありません。自分(部分)だけが幸せにやっていけるって、あり得ないですから……

 私は、私自身が薪ストーブユーザーですし、薪ストーブを設置販売する専門家として生活しているので、もちろん薪ストーブのユーザーさんそれぞれが、せめて自分自身が関わるユーザーさんは全員が、近隣に充分配慮して、薪ストーブで暮らすのはエコなんですよと、胸を張って言える運用であって欲しいと願っています。しかし世の中には色んな人がいるというのが現実である以上、行政による何らかの実効性のある関与はあった方が良いのではないかとも思っています。

 そもそも私たちは、やはり未来の世代という全体のために、現在という部分で化石燃料も原子力も出来るだけ使わないようにしながら暮らしていく術を、現実的なものとして探っていかなければなりません。

 また、政策そのものが、今現在の民意によって決まっていく部分も多々あります。IPCCの「温暖化の原因は人為である」という今さらながらの報告を、遠い他人事として眺めているわけにもいかないとも思います。

 そこで次回のコラムでは、薪ストーブを普及させながらも、行政による実効指導が可能になるように、どのような規制が考えられるか??「現場から」として、私なりの考えを述べてみたいと思います。

 なお、今回の記事に関して、それでは私自身が薪ストーブ販売のための情報(煙に関するリスク情報)として、あるいはいちユーザーの薪ストーブの使用実態として、どのような情報を提供しているか?については、次のブログ記事となります。ポイントは「やろうと思えばできる」では意味がなく、近隣への配慮として実際にどこまで継続できるか??です。
製品として「〇〇分で無煙達成」とかには意味がない、と思いつつ

 初回から、とても長くなりました。最後までお読みくださいまして大変ありがとうございました。

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