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薪ストーブの規制はいかにあるべきか?① ー 私が形式に基づく規制に反対する理由(その1)

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テーマ:薪ストーブから見える社会の現実

 薪ストーブは地球全体には良いかもしれませんが、ご近所さんというローカルな部分では深刻な問題を現に生じている、それは自分さえ良ければ他人は構わないというバランスの悪さでもあり、燃焼に伴う健康被害を防ぐ規制が進んだ社会の流れから見てもアンバランスという話を、前回しました。
薪ストーブでエコな暮らしは難しい

 そういうアンバランス(状況に任せておけばバランスを取るように動くとは言えない)に対しては、やはり規制という手段が有効と考えざるを得ないと、一般には言えると思います。そこで今回からしばらくの回数、現場にいる私として考える「あるべき薪ストーブの規制」の話をします。ずいぶん長くなります。

 長くなるには訳がありまして、そもそも「規制」というのは、規制すれば何でも良いとか、そんなこと決してなく、世の中をうまく回すための「仕組み」そのものなのです。ニュースで話題になりましたが、大学入学共通テストで英語民間試験を活用する、国語と数学の一部に記述式問題を出題するといった文科省の先走りにしても、世の中での最終的な結果を見据えたからこその「仕組み」についての話です。

 仕組みが少しでも上手に出来ていれば、運用もうまく行くし、最終的な結果も良好になる ーー これは個人から会社組織から社会全体まで、あらゆる分野領域において真理です。

 ただ注意して頂きたいのは仕組みがあったほうが絶対善というわけでは決してなく、仕組みをどうしても作らなければならないなら、それは少しでも「より上手に作られたもの」でなければならない、という意味です。

 逆に言えば、下手くそな仕組みだったら、そんなもの最初からない方がずっと良い、ということです。少なくとも自然とバランスが整う方に向かうのであれば、そんな規制だとか仕組みだとか、ヘタに作らない方がずっとうまく行きます。作るのなら、的確なポイントを狙って、最小限に、です。

 その原理原則に関して、具体的検討例としてわかりやすいのが、このコロナ禍における規制の問題です。政府は最終的には、飲食店をターゲットに夜8時までの時短営業や酒類の販売提供といった規制を打ち出しました。あるいは今も言われる施設の営業自粛やロックダウンです。これらは形式に基づく規制の一種です。結果に対してではなくて、そこに至る行動の形式に枠をはめるやり方です。

 その結果については、現在も進行中ですので論評は控えますが、ある程度展開もマンネリ化、結果も出てきていると思います。たとえば規制に従った多くの店で、補償が実態と合わないことによる悲鳴と、白けムードが漂った一方で、形式規制に従わず東京都とも争ったグローバルダイニングの業績は独り勝ち状態となりました。
「要請」応じず売上高9割増 グローバルダイニング

 「もしも」の話ですが、このような形式に基づいた規制ではなく、結果に対する責任に基づいた仕組みを整えれば、どんな展開になったでしょう?

 具体的には、飲食店など事業者が運営する場所(例えば「ただし病院など公的インフラは除くとする」)でクラスターを出したら、具体的な事業者名や場所を含めて事例として公表する、という単純なルールだったら、どんな展開になったでしょうか?

 一生懸命やっても防げないのが感染、しかも事業者としてはウイルスは客から持ち込まれるものなので、酷いと思われるかもしれません。実際、そういう、一生懸命やっていたのに運悪く感染、公表される、という悲劇も産まれるでしょう。

 けど、実際には「一生懸命やっていたのに運悪く感染」だって、わかっているお客、近隣の人は、そのことがわかります。真剣さが足りなかったとか、そんなことはない、と事情を知らないマスコミが叩こうとも、事業者の味方もするものです。事業者側も、客が持ち込む以上、客の行動管理(大きな声での会話をさせない等)のみならず、もっと大切な施設側での換気改善も含めて「結果」を求めてより真剣に取り組むことになったのではないでしょうか?

 実際問題、もっともっと持込み防御その他制御の難しい、鳥インフルエンザや、CSFウイルスによる豚コレラ、口蹄疫ウイルスへの対処は、まさに「結果責任」という仕組みで取り組まれ、悲劇と同時に成果も挙げてきました。

 人間でもO157による食中毒はじめ、サルモネラ菌や黄色ブドウ球菌による各種の食中毒は、まさに事例公表という残酷なルール、それが生き残りを直接左右することを重々わかっているので、各事業者の防御の取り組みも真剣そのものだし、また残念ですけど取り組みが不充分な事業者は撤退を余儀なくされるという「仕組み」です。

 さて、以上のようなテーマは、今の社会にとって、とても重要だとは思いますが、当コラムの本論ではありません。あくまでも「規制」というものは「やり方」が本質的に重要で、ヘタな規制ならやらない方がマシ、ということを考えて頂くきっかけ、ただの思考実験です。

 ともかく本記事で只一つ、理解をして頂きたいのは、規制には、今行われているコロナ対策のように「手順的なハードルをクリアーすることを求める」タイプのものと、「実質的には結果責任を甘受することを求める」タイプのものがあるということです。

 そして実際問題としては、結果責任の甘受を求めるだけで、それが実際に結果に対して有効な手順である限り、事業者は手順的なハードルもちゃんとクリアーするようになるという世の中での運用実績があります。

 よって私としては、これは一般論になってしまうのですが、それが明らかに世の中にとって不都合、不合理や不可能なものでない限り、規制というのは「世の中が最終的に求める結果」に直結した「結果責任」を当事者が甘受するように定めるのが、第一原則であると考えます。

 ただもちろん「結果責任」による規制は万能ではありません。対象となる事象の性質上、どうしても結果責任の甘受を求めることが合わない、例えば教育など「途中段階」や「プロセスそのものが将来に対して持つ可能性」を評価しなければならないケースでは「結果責任」は合わないでしょう。

 あるいは自動車や航空機生産、あるいは建築事業なども、予防的な措置の観点と経済活動規模からみた合理性から、結果責任での規制が合わないケースになると考えます。すなわち結果が誤った場合の影響が深刻で、なおかつ展開規模も大きいので、本質的に「後から」いち事業者として責任が取りようがないのです。

 ただ、そういう例外的な事象でない限り、一般には、形式に基づく規制よりも、「結果責任」を当事者が甘受するように求める規制を適用することが、より合理的であると考えます。

 かなり前置きが長くなってしまいましたが、こういう前提条件をしっかり踏まえないと、なかなか実のある議論は出来ませんのでお許しください。次回以降、薪ストーブという「結果的に煙モクモクの迷惑設備になり得るデバイス」の特性に照らして、薪ストーブではどのようなタイプの規制が、より良い結果を産むと考えられるか?という問題を、具体的に順次論じていきます。

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大屋渡(薪ストーブの設置及び販売)

株式会社愛研大屋環境事務所

雨漏りや地震台風等に強いことはもちろん、災害時も安心熱源、将来にわたって何かしらの形で薪ストーブを活用し続けられる製品選び・設置方法の提案など、薪ストーブを導入することによる永続的な価値を提供します。

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