全ての職場に義務化されるストレスチェック制度
今年も甲子園が盛り上がっています。
地方で敗戦した高校球児もまた,酷暑の中のグランドで猛練習をしているのでしょう。
球児達が幼い頃,父親とこんな対話をしていたのかもしれません。
子ども 「おとうさん,今日,ヒット打ったよ。見ていたでしょ」
父 親 「ああ見ていたよ。ヒット打ったねー。どうだった?」
子ども 「うん,うれしかった。でも早かったから,少し振り遅れちゃったよ」
父親 「そうか。振り遅れてヒットになったのか。どうしてだろう?」
父親から尋ねられた子どもは,自分のスイングを分析して,振り遅れないようにするための工夫を語り,子ども自身が自分をイノベーションしていくのでしょう。
創造的な対話ですね。
誰のボールでキャッチボールしているの?
対話は言葉のキャッチボールですが,創造性を産み出す対話のキャッチボールをする時に注意したいことは,誰のボールでキャッチボールしているのか,という自覚です。
子どもが投げたボールでキャッチボールをしているのか,それとも大人が自分のボールを投げて,それを子どもに投げ返させているのか,あなたは対話の際にそれを心がけることはありますか?
例えば,こんな対話です。
子ども 「おとうさん,今日,ヒット打ったよ。見ていたでしょ」
父 親 「ああみていたよ。ヒット打ったねー。少し身体が開いていたな」
子ども 「うん・・・,少し振り遅れちゃったよ」
父親 「身体の開きが早いから遅れてしまうんだ。ちょっとバット持ってきなさい。次はしっかりセンター返しできるように頑張りなさい」
いかがでしょうか?
職場の従業員と上司や学校の生徒と先生の間でも同じような対話をすることがあると思います。
できないことをできるように教えている対話です。
これが望ましくないというわけではありません。
しかし,主体性を支える創造的な対話という点では難があります。
どうしてでしょう?
子どもは,お父さんに「教えて?」と言うボールではなく,「見ていた?」というボールを投げています。
そのボールをお父さんは,「見ていたよ。ヒット打ったねー」とキャッチしています。
しかしその後,「身体が開いていたな」と,お父さんの関心事を返しています。
これがお父さんのボールというわけです。
お父さんのボールを子どもが,「うん・・・」とキャッチして,「・・・少し振り遅れた」とお父さんの関心事に答えているのです。
子どもに甘えるお父さんのキャッチボール
誰のボールでキャッチボールをしている対話になっているか,その自覚が全くもてない大人は,自分が子どもに甘えていることすらわかりません。
例えば,こんな会話です。
子ども 「おとうさん,今日,ヒット打ったよ。見ていたでしょ」
父 親 「お前のバッティングは身体が開いているぞ」
子ども 「うん・・・」
父親 「身体の開きが早いと遅れてしまうんだ。ちょっとバット持ってきなさい。しっかりセンター返しできるようにならないとレギュラーになれんぞ」
子ども 「うん,わかった・・・。お父さんありがとう・・・」
いかがでしょうか?
これは,子どもが投げてきたボールをキャッチすらせず,スルーしてお父さんが自分の言いたいボールを持ってきて,キャッチボールにつき合わせるような対話です。
厳しい言い方をすれば,キャッチボールをしてもらっているのはお父さんの方で,いわば子どもに甘えているというわけです。
自分のボールを持ち込んではいけないというわけではありません。
ただ,相手の主体性を応援するためには,まず相手のボールをキャッチして,そのボールを投げ返すことです。聴くことを重視した創造的な対話をする時には,今,対話しているそのボールがいったい誰のものであるのか,その自覚を持てるかどうかが鍵になります。
「あの人は,人の話を取ってしまう」と言いたくなる対話もありますね。
創造的で豊かな対話をするためにも,日常生活の中でこのことを少し心がけることが役立つことでしょう。