「社員を壊す」経営者
数日前の日経新聞スポーツ欄に
「勝利至上主義は悪なのか」という
なかなか秀逸なコラムを目にしたので
かいつまんで(まずは)紹介したい
勝利至上主義は悪なのか
・「勝つ」ことを絶対的な目標とする考え方は
体罰や過酷な練習や理不尽な上下関係に繋がると
昨今批判的に取り上げられている
・しかし「楽しむ」重視で勝敗にこだわらないと
本来スポーツから得られるはずの
充実感や楽しさや価値は半減されるのではないか
⇒対戦相手(ライバル)へのリスペクト
⇒負けを知ることは人生において貴重な経験
・こうしたスポーツの果実は
勝つための努力を重ねてこそ大きくなる
⇒勝利を目指すのは
スポーツの価値を更に高めるための
方法や手段だということ
⇒そういった本質(目的)を持ち合わせた上で
勝利至上主義の批判はなされるべき
・スポーツは純粋に楽しむことを目的として構わない
⇒故にこれからの部活動は楽しさ重視になるのだろう
⇒ただ一方で勝つために
努力を重ねた日々が与えてくれるものは
そこからは得られないだろうなと考えてしまう
(ザックリ抜粋)
正解探しじゃないよね
*「勝ち」にこだわらなくちゃ駄目でしょ・・
*「楽しく」やらないとまずいでしょ・・
いやいや
*そんなのどっちでもいいでしょ・・
(賛否両論ございます)
こういった古い風潮や慣習に
正解はないはずなのに
なぜか「答え探し」をし始める
そしてその背景として
議論の本質をゆがめているのは
学校や大会運営側・・・
実は指導者や保護者側・・・
だったりしますよね(しませんか)
いずれにせよ
基本的な考え方の整合性がないまま
「AorB」といった短絡的な展開は
大切なポイントをすっ飛ばし
「良い」か「悪いか」の二択になりがち
現在の「大人の世界」も似たようなもので
ハラスメントや働き方改革といったテーマにおいて
本質とは違った「理解できるか否か」・・
そういった流れに「順応できるか否か」・・
といった論点や感覚から外れた者は
ちょっぴり排除される存在・・・
というか「悪」扱い・・かな
こういった流れや展開に
妙な違和感を感じることが多い・・のは私だけかな!?
どっちなの?
*運動会の徒競走は
順位を付けません・・とか
*皆勤賞を廃止して
「休むことは悪」といった風潮や産物も
消し去りましょう・・とか
そこにあった筈の
本来フォーカスされるべき個性や
継続する大切さやバランスや・・・
ここでもまた(昨今は)
「良い」か「悪いか」の二択になりがち
批判や否定のど真ん中にあるのは
「勝利至上主義」と「休まないは悪」
・・・と机上に載せておきながら
そこに対して平然と膨大なお金と時間を投じて
(最終学歴確保のためへの)受験という
徹底的かつ定量的な競争を強いる矛盾
(理解に苦しむ真逆な行為)
衣替え!?
話を戻そう・・
勝利至上主義や皆勤賞を批判(否定)することで
不条理なモノを取り除く側に回っているという安心
(自身の考えというよりは世相への便乗!?)
そのくせ
筋の通っていない我が子へのアクション
違和感の根幹は(いつだって)
そんな大人たち個々の
思考やエゴなのかもしれない
そして大人たちこそがわかっている
今までの延長線上では生きられない
激しくて厳しい未来
そんな厳しい社会(世の中)で
求められるスキルとして
競争力やストレス耐性は必須(なはず)
ならば
・勝つための頑張りも
・負けることのくやしさも
・仲間を想う気持ちも
・理不尽な扱われ方も
・休まずコツコツ続ける意思や体調管理も
・・・etc
あれも駄目これも駄目と
腫れ物に触るような
世の中全般のカルチャー醸成は
一見
子ども想いで
優しそうな「空気感」ではあるものの
本当は最も
「優ししくない」発想なのかもしれませんよね
より良い環境や未来のために
新しい常識や考え方を取り入れることは
本当に大切なことだけど
「刈り込み過ぎ」や「白か黒」的なジャッジは
不易流行じゃないんだよ
・・・なーんて思ったりする今日この頃です
「勝つ」意義や意図の後に
『楽しむ』ことを・・・
「休まない」ことの大切さの後に
『休む』重症性を・・・
いやいや
「たむらさん なに言ってるんですか?
理不尽なことも社会では必要な感覚だぞ!!
なーんて言ってる貴方のようなオジサンたちが
完全リタイヤするまでの
衣替え期間中の施策ですから心配なさらず」
・・・ってところなのかもしれませんね
(大変失礼いたしました)
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