「和」を取り入れた神楽坂のピラティススタジオ 「KAGURA -PILATES-」 オーナーの東田さんにお話を聞きました
花は、空間を越えて咲く。
2025年2月、東京・名古屋・大阪・福岡など全国8都市に同時にオープンした「フラワーバー」がある。その名も「エビスフラワーパーク」。フラワーガーデンとバーが融合した二面性のある店舗だ。街の中に、ふと現れる非日常。毎日違う表情を見せる空間が、SNSを中心に話題を呼び、オープン初日から列ができる店舗もあった。
この空間の設計に小林商店が携わった。店舗のデザインを手がけるデザイン事務所だが、仕事は「図面を描くこと」だけではない。8店舗を、わずか3ヶ月で同時オープンさせるというプロジェクトの舞台裏には、「見えない設計」と「整える力」があった。
デザイン実績はこちら
会社HP
エビスフラワーパークとは?
BARや野外フェスなどを企画・運営受託するクローバークラブが仕掛けるこのプロジェクトは、フラワーガーデンとバーの融合業態として誕生した。360度花に囲まれる空間とカクテルバーという二面性のある店舗構成に、圧倒的な非日常感を漂わせる空間デザイン。若年層の女性を中心に、SNSでの注目度も狙った企画だ。
小林商店がこのプロジェクトに携わったのは、従来の「空間をデザインする」という役割だけではなかった。
クローバークラブ代表・松田真治さんはこう語る。
「全国同時オープンなんて、普通はやらない。でも、やりたい気持ちが先にあって。小林さんしかいないと思って、声をかけました」
設計依頼は、“おしゃれな空間をつくってほしい”という単純なものではなかった。「花が主役。ここに花を設置したいからここに棚をつけて欲しい」など、飲食店では通常ない変則的なリクエストがあったという。その言葉の意図するところを捉えて、設計は徹底して“引き算”。空間が出しゃばらず、花が映えるように。あえて抑制された設計が、逆に空間全体に強い個性をもたらしていた。
プロジェクトのスタートは「物件選び」から
関わりは、設計図を描く前から始まっている。このプロジェクトで最初に取り組んだのは、「どの物件を選ぶか」という点だった。飲食店を出店するにあたっては、家賃・設備・立地・施工のしやすさ……条件は多岐にわたる。しかも、対象は全国8店舗。ひとつのトラブルが他のスケジュールにも影響を与える。「設計より、物件が大事なこともある」そう考え、物件の内見や選定にも立ち会った。
物件を選ぶ上では、家賃はもちろん、水回りなど既存の設備の有無、テナントとしての立地など、最終的にかかる初期費用や工事期間の長さに大きく関わる要素が多い。加えて、物件によっては飲食営業許可の取得が難しかったり、空間の使い勝手に直結したりする。今回であれば“工期短縮の為に既存の設備の何が残っているか?” “花を置いても同線が確保できる広さがあるか”などが通常の飲食店よりもシビアに見るべきポイントだった。設計から携わるのではなく、“この物件ならこういう空間になる”という予測を立てながら物件選びに併走することで、設計が後手に回ることを避けた。
クローバークラブとともに「物件選定の基準」を整理し、それに沿って全国の物件を精査。残置物の量、天井の高さ、既存の配管やダクトの位置。細かな点まで確認し、設計の“余白”をきちんと確保していく。
物件選定は、空間づくりのはじまりだった。
「主役は花」⸺だから“やりすぎない”内装設計
物件を選定したあと注力したのは「やりすぎない空間づくり」だ。
あくまでも主役は花。装飾を過剰にするより、“引き算”でいかにその魅力が引き立つかを考えた。
内装の仕上げ材や照明も、あくまでも“引き立て役”として機能するものにとどめた。空間全体を飾るのではなく、環境を整える。空間が“完成”するのは、花が届いて、店内に飾られたとき。つまり設計は「途中」のまま、店舗に引き渡される。その潔さこそが、設計の芯にもなっている。
各地の現場を支える「共有と整理」
全国に点在する現場を同時に進行させるうえで欠かせなかったのは、「見えること」と「伝わること」。
全国8店舗の立ち上げは、地域も業者も状況もすべて異なる現場を、同時に前進させるというものだった。そこで各エリアの施工業者を一手に束ねる“施工ディレクター”を起用。さらに、次の動きがわかるよう、情報をスプレッドシートで可視化し、関係者で進捗を共有できる体制を整えた。
「距離がある分、共有量を増やす」⸺それが小林商店のマネジメントスタイルである。
現地の担当者と何度も連絡を取り、情報を可視化する。鍵の引き渡し、ガスや電気の開通、内装工事、什器の搬入、オープン日の設定⸺ひとつひとつがズレると他にも影響が出てくるからこそ、 “交通整理役”として機能する必要がある。
地域によっては、工事の日に鍵が開いていなかったり、管理会社との連携がスムーズにいかなかったりと、イレギュラーな対応も多い。そうした場面でも、現地スタッフと図面の共有や日程のすり合わせを細かく行うことで、現場に柔軟性と安心感を与えるよう努めた。
設計して終わりではなく、物件、図面、備品、スタッフ、営業許可、スケジュール……すべてをひとつのプロジェクトとして見立て、前後関係を整理することで、やっと現場が回りはじめる。
現場での気づきが、次の挑戦につながる
オープン後、全体としては好調な滑り出しとなったエビスフラワーパーク。運営を進めるなかで、新たな発見もあったという。
例えば名古屋の店舗は客層に合わせて、もう少し華やかな照明を入れられないか?という相談があった。
8店舗共通のテーマ・世界観を持たせながらも、地域性や立地に合わせて調整することは今後の展開でも必要そうだ。
たとえば“映像”や“動き”のような要素を空間に入れることも、今後はありえるかもしれない。水槽や、プロジェクションなど、 “完成”がないエビスフラワーパークの空間づくりにこれからも並走していく。
見えない設計力が、空間の質をつくる
このプロジェクトの裏側には、見えない設計力があった。全国8店舗、3ヶ月。
タイトな日程と情報の波。そのなかで、迷わず、詰まらず、前に進める工夫が重ねられていた。
空間に“らしさ”を吹き込む前に、その“地盤”を整えること。
設計の目線がそっと支えることで、空間は静かに花を咲かせる。