『英作文の勉強こそ英語の最強の勉強法(の1つ)である』
こんにちは、与一の井上です。
今年も大学受験は後期入試の合格発表を残すのみとなりました。長かった受験シーズンもいよいよ終わりを迎えようとしています。
さて大学入試において最も大きな転換点となったセンター試験から共通テストへの移行から、もう今年のテストで6回目を迎えました。
同じ「共通テスト」という名称の下での試験ではありながら、中身に関しては少しずつマイナーチェンジが行われていますが、6回分の試験内容を通して見ることで全体像が見えてきます。
これまでの「共通テスト」の出題を踏まえ、「これからの大学入試に求められるもの」についてお話をしたいと思います。
知識の量で戦う時代はもう終わった
これからの受験に必要なもの、それは一言で言えば「本質理解」です。
いかにも塾の謳い文句で言いそうな言葉に聞こえるかもしれません。
確かに与一でもこうした言葉を内部・外部に向けて発信していることは否定しません。
ただ、これは決してただの「宣伝文句」ではありません。
「どうせ塾をアピールしたいんでしょ」そう言わず、一度読んでみてください。
“本質理解”この言葉がただの宣伝文句ではないことは、「ドラゴン桜2」のモデルとなったとも言われている教育業界で広く知られる西岡壱誠氏の言葉にも裏付けられます。
西岡氏は『東洋経済オンライン』上でこう言っています。
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「知っている」と「わかっている」は違う
古文も英語も、共通テストが付きつけているのは同じ問いかけです。
それは「あなたはその知識を本当に理解していますか?」ということです。
(中略)
単純な暗記から、深い理解を目指す学び方へ。その切り替えが、これからの受験生にとってますます重要になっていくのではないでしょうか。
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まさに私が普段から与一で伝えていること、その通りの言葉で共通テストを総括されています。
数学では公式を「知っている」「思いつく」ことで解ける誘導問題から「太郎君花子さん」の会話から「いつ・どう使うか」を求められる問題に。
日本史では「教科書・参考書を全て知っている」ことで解ける問題から「世界史・地理」との関連を考えながら解く問題に。
理科では前提として問題文を理解する必要のある「理科で国語の問題を出すな」と言われるような問題に。
それぞれで問われる能力が大きく変化しています。
そして英語では「発音・アクセント」「文法」といった、まさに「知っていれば解ける」問題は姿を消し、センター試験でも得点の多くを占めた長文問題においても、「論理展開」「意見要約」など、文字を読むだけでは解けないような問題の比率が非常に大きくなりました。
いつの時代も勉強において「詰め込み」が重要であることは否定しませんが、「知識の詰め込み」だけでは解けないような問題に変わった、というのが結論と言えるでしょう。
“本質理解”とはどうすれば身に付くのか
正直な所、本当の意味での“本質理解”を高校生から身に付けるのは簡単ではありません。
「こうだからこうなる」と教えられた文法や公式を、疑問を持たず受け入れ、その公式通りに解けば点数が取れてしまうという成功体験を小中学生のうちにしてしまっているからです。
つまり本質的な部分に疑問を持たねばならない理由を自分で見つけるタイミングがないまま高校生になってしまうのです。
でもそのまま高校生となり、その時点から「本質理解をしろ」と言っても、「はいそうですかと」簡単にできるものではありません。
小中学生の間であれば、確実に身に付けることができます。
その秘訣はもう今では擦りに擦られている印象がありますが、「なぜ」と常に考えることです。
「なぜ台形の面積は他の四角形と違うんだろう」「なぜ現在進行形には動詞が2つあるんだろう」…常に疑問を持ち、ただ使うだけではなく一度「理解」というフィルターを通すイメージが非常に重要だと言えるでしょう。
まだ問題のレベルが高くない小中学生だからこそ、このやり方は有効です。外から見たら同じ80点・90点でも、誰よりもそのテストに臨んだ自分が一番「わかっている・わかっていない」の差を理解し、その次のテストでは確実に「わかっていない」部分をなくしてより良い姿勢でテストを受けられることでしょう。
では高校生はもう間に合わないのか、勿論そんなことはありません。
先に述べたように「本当の」本質理解とは少し違いますが、試験で発揮できるレベルには十分到達します。
そのためのキーワードは“解像度”と“再現性”です。
まずは“解像度”。写真や動画をイメージしてください。
解像度が高いほどよりその画像の細かな部分が見えますよね。
それと同様に、問題を一つ解くのにも、「1→2→3…」ではなく、「1→1.5→2→2.5→3…」と理解や思考のプロセスを細かく刻むこと、こうした方法を常に意識していくことで、1つひとつの問題の理解は確実に深まっていきます。
いわゆる「行間を読む」というイメージを、国語だけではなく他の教科でも実践していくことが重要なのです。
次に“再現性”。簡単に言えばいつでも同じように解けること、です。
ただし、単に答えや解き方を覚えてしまえばよいということでは当然ありません。
「前解いたときはここを間違えたな。自分はAだと考えたから答えはBになったけど、それは文法の使い分けが理解できていなかったんだったな。」というレベルで再現できる必要があります。
これができるためにはただ間違った、という記憶だけではなく、どう間違ったのか、またその間違いはどうして起こったのかを理解していなければなりません。
自分の間違いと問題で問われていることの差異を正しく理解する。これによってもやはり1つひとつの問題の理解度は確実に深くなることでしょう。
子どもの言う「考えた」は「考えた」には足りない
私がずっとこの仕事をしていて本当に不思議に思うのですが、驚くほど多くの小中学生のみならず、高校生も「問題は見た瞬間に解けるもの」だと思っているようです。
私達塾講師であっても数学であれば途中式を書き、英語であればSVOCを考え、それでようやく正しい答えに辿り着けるのに、それでも多くの生徒は、問題を見た瞬間に解き始めてしまいます。
結局のところ学生の言う「考えた」という言葉は、「思いついた」とほぼ同義であると言えるほど「浅い」ことに自分で気づいていないのです。
これからの入試に対応できる力を付けるため、正しい「考える」とはどういうことなのかを是非一度ゆっくり考えてみて欲しいと思います。



