プルデンシャル生命の金銭不祥事に学ぶ――「営業の強さ」が危機を生むとき、組織は何を変えるべきか

田中直才

田中直才

テーマ:コンプライアンス

生命保険は「万が一のときに守る」という約束そのものです。その約束を支えるのは、商品設計以上に“信頼”です。ところが近時、プルデンシャル生命で営業社員(元社員を含む)による金銭に関わる不適切行為が広範に明らかになり、同社は第三者委員会の設置や販売自粛などの対応を公表しました。報道では、関与した人数が100人超、影響を受けた顧客が約500人規模、金額が数十億円規模に及ぶ旨も伝えられています。



ここで重要なのは、これを「悪い個人がいた」という結論で終わらせないことです。不祥事は、個人の逸脱行為であると同時に、“会社というシステム”が生み出す危機でもあります。私の著作でも繰り返し述べた通り、営利企業は売上・成果を追う宿命から、放っておけばコンプライアンス違反を内包しうる構造を持っています。だからこそ、理念や研修だけではなく、行動が逸脱しにくい設計と、逸脱の芽を早期に拾い上げる運用が不可欠になります。

■「なぜ起きるのか」を“個人の資質”で片付けない:不正のトライアングル
不正は、ある日突然“魔が差す”ように起きるのではなく、条件が揃うと起きやすくなります。典型が「不正のトライアングル」です。すなわち、①プレッシャー(不満・焦り・ノルマ等)、②機会(チェック不在・任せきり・盲点)、③正当化(「みんなやっている」「顧客のため」など)の3要因が重なると、不正に傾きやすい。金融・保険の営業現場は、顧客との信頼関係が深いほど“頼まれごと”が発生しやすく、また成果評価の圧力が強いほど「境界線を越える誘惑」が増えます。ここで求められるのは精神論ではなく、①プレッシャーを歪ませない評価とマネジメント、②機会を潰す業務設計、③正当化を許さない言語化(境界線の明文化)です。

■重大事故の前に「小さな異常」が積み上がる:ヒヤリハットを資産に変える
危機は“兆候”の段階で止められることが多い。重大事故の前には軽微な事故やヒヤリハットが多数存在する、という考え方は、危機管理の基本です。今回のような事案でも、現場には必ず「小さな違和感」があったはずです。たとえば、顧客との金銭のやり取りが“保険料と別ルート”で動く、説明が妙に口頭中心、書類が社内ルールの形式と違う、入金先が個人名義、周囲が知っているのに「触れない」等。これらを“よくある話”として放置すると、やがて「重大事故」に到達します。危機管理とは、兆候を“面倒な雑音”ではなく“先行指標”として扱うことです。

■「誰も反対しない」ことが最も危ない:アビリーン(忖度)の罠
不祥事が拡大する組織には、共通して「言いにくい空気」があります。アビリーンのパラドクスは、誰も望んでいないのに「皆が望んでいるはず」と思い込み、反対できずに集団が誤った方向へ進む現象です。営業組織で起きる“忖度”は厄介です。「あの人は成績が良い」「顧客に好かれている」「波風を立てると支社が荒れる」――こうした空気が、異常を異常として扱うことを妨げます。結果として、組織は“沈黙の合意”でリスクを積み上げます。危機管理において、最も危険なのは「問題がないこと」ではなく、「問題が見えないこと」です。

■「内部通報があれば安心」は誤解:制度は“信頼”がないと機能しない
隠蔽性・隠密性が高い不正は、通常の監査やチェックだけでは発覚しにくく、だから内部通報制度が必要になります。しかし制度を作るだけでは不十分で、「通報した人が守られる」「個人情報が厳格に秘匿される」という会社への信頼がなければ、社員は利用しません。理想は、内部通報が“最後の手段”になる職場――つまり、日常の会話や1on1、支社のミーティングで小さな異常が上がり、早期に手当てされる職場です。その土壌がないと、通報は「裏切り」に見え、組織は自浄作用を失います。

■では、何を変えるべきか:再発防止を“現場で回る仕組み”に落とす(実務チェック)
以下は、保険会社に限らず、顧客の信頼で成り立つ業態(士業、コンサル、医療、教育、販売代理店等)にもそのまま当てはまる実務論です。

(1)「顧客から受け取ってよい金銭/だめな金銭」を1枚に明文化し、例外の入口を塞ぐ
「やってはいけない」と言うだけでは止まりません。“ここから先は会社ルートのみ”と線を引き、例外処理(相談先・手続・承認)までセットで提示します。

(2)職務分掌とダブルチェックを“忙しいときほど強制”にする
ベテランだから任せる、信頼しているから見ない――は「機会」を作ります。私的領域に入りやすい行為ほど、手続と記録で会社側に戻す設計が必要です。

(3)兆候(サイン)をKPI化して、早期発見を仕組みにする
例:顧客からの相談内容の類型、金銭相談に出やすいワード、社外投資話の同席依頼、説明が口頭中心、面談記録の欠落、連絡が個人携帯に偏る等。ヒヤリハットを「報告すると評価が上がる」設計に変えると、現場が動きます。

(4)“反対しやすい会議”の型を作る
結論前に必ず「反対理由を出す時間」を設ける、あえて反対役を指名する、懸念を言語化して記録に残す。アビリーン(忖度)の罠は、意識改革より会議設計で潰せます。

(5)内部通報を「制度」ではなく「体験」にする
匿名性、守秘、報復禁止、調査のフィードバック、通報者保護を、実際の運用で“見える化”する。通報が握りつぶされない独立性(外部窓口、監査・コンプラ直通、記録化)を徹底します。

(6)危機発生時の対外コミュニケーションを定型化し、更新し続ける
事実関係、調査体制、顧客対応・補償窓口、再発防止の工程を、時系列で更新し、説明可能性を高める。信頼回復は「一度の発表」ではなく「継続的な説明」で決まります。

■最後に:信頼を売る仕事ほど、危機管理は「コスト」ではなく「商品品質」
生命保険は、目に見えない約束を売る仕事です。だから不祥事は、損失額だけでなく「安心」を毀損します。今回の件は、保険会社だけの問題ではありません。顧客の人生や資産に関わる仕事、そして“信用”を最大の資本にしている仕事ほど、危機管理は広報対応ではなく、日々の運用設計そのものです。
私たちは、事件が起きた後に「再発防止を徹底します」と言うのではなく、起きる前に“起きにくい構造”を作り、兆候を拾い、言いにくさを減らし、通報を機能させる。そこまで落として初めて、「顧客本位」はスローガンではなく実務になります。読者の皆さまの職場でも、今日からできる“境界線の明文化”と“兆候の見える化”から、ぜひ着手してみてください。

(参考:事実関係の公表・報道)
・不適切行為の規模等に関する報道:
・金融当局の検査に関する報道:
・第三者委員会等に関する報道:

リンクをコピーしました

Mybestpro Members

田中直才
専門家

田中直才(社会保険労務士)

HK人事労務コンサルティングオフィス

BCP(事業継続計画)策定をはじめとした危機管理や、コンプライアンス対策を得意とし、コンサルティングや研修で多数の実績があります。外国人の採用支援にも注力し、ベトナムの企業と共同で人材紹介も行います。

関連するコラム

プロのおすすめするコラム

コラムテーマ

コラム一覧に戻る

プロのインタビューを読む

危機管理やコンプライアンスを強化する社会保険労務士

  1. マイベストプロ TOP
  2. マイベストプロ大阪
  3. 大阪のビジネス
  4. 大阪の人事労務・労務管理
  5. 田中直才
  6. コラム一覧
  7. プルデンシャル生命の金銭不祥事に学ぶ――「営業の強さ」が危機を生むとき、組織は何を変えるべきか

田中直才プロへの仕事の相談・依頼

仕事の相談・依頼