調停の待合室から~自主的解決
調停の待合室から~消極的譲歩と積極的譲歩(一枚の写真から)
調停は、当事者による自主的な紛争解決ですが、「納得」に至る過程は複雑です。
互いに譲り合って解決できればよいのですが、感情的に対立している当事者間で、相手に譲歩するということは、相手を利することであり、相手を喜ばせるだけなので、到底納得できないという気持ちになることは少なくありません。
待合室では「なんで私ばかりが譲歩しないといけないのですか?」という声をよく聞きます。
互いに「10」を求めてスタートラインに立っているのに、いざ調停が始まると、調停委員は相手方の要望ばかり伝えてきて、9、8、7とこちらにばかり譲歩を求めてくる、という受け止め方をされる方は少なくないです。
これは相手方の側から見ても同じで、相手方も10を求めて、9、8、7と譲歩を求められているのですが、調停委員が相手方と話し合っている様子は、こちらからは見えないので、先ほどのような不満の声になりがちです。
待合室で付き添っている弁護士としても、こうした場面に直面すると悩みます。
つまり、依頼者との信頼関係が十分できていない段階で、初めから調停委員と一緒になって、依頼者に譲歩に向けて説得をすると、思わぬ反発があり、依頼者を孤立させることがあります。
それは当然のことで、10を求めて弁護士に依頼したのに、7での譲歩をいきなり求められたら、なぜ弁護士は調停委員に10だと主張してくれないのですか、という気持ちになるからです。
といって、7での解決を打診する調停委員に対して、当事者と足並みをそろえて10から一歩も譲らない姿勢を示すと、今度は調停委員が困った顔をすることになります。譲り合いでの解決の手がかりが見えてこないからです。
こんなときは、待合室での時間は悩み多い時間となります。
もちろん、10での解決が適正な解決で、相手方の10の主張が嫌がらせであるような場合は、一歩も譲歩してはならず、調停は早めに打ち切って訴訟での解決をはかるのは当然です。
ここでは、反対側から見ると、互いに10の主張がそれなりに理由があるときの調停内での解決のプロセスを指しています。
ある離婚調停で、玄関に飾ってある一枚の家族写真をどちらが取得するかで、激しく対立することがありました。
どちらも自分が取得するということで決して譲ろうとしません。自分が取得することが、10の解決ですから、互いに10か0という状況で、綱引きとなります。
先のコラムで述べたように、調停での解決には、法律的視点、経済的視点、心情的視点が絡んでいます。「理」「益」「情」という視点です。
一枚の写真の帰属を争う場合、厳密に法的視点から言えば、財産分与の審判の中で帰属を決めてもらうか、手続きを切り離して、動産引渡請求の訴訟を起こして、裁判官の判断を求めるかになります。
ただ、経済的視点から見れば、一枚の写真の価値は第三者から見ればゼロに等しく、訴訟等の手続きを利用した場合は、経済的には費用倒れ、赤字となります。
膠着状態の中で、心情的視点から、双方がなぜ一枚の写真にこだわるのかをていねいに紐解いていく過程が必要となりました。
ケースバイケースですが、離婚時に、家族写真を切り刻む方もいます。過去をすべて抹消してしまいたいとしてアルバムなど処分してしまう方もいます。逆に、親子の絆を確認する上でその一枚が双方にとってかけがえのないものとして、譲れない場合もあります。
一枚の写真をどちらかに帰属させるか、10か0の解決しかないように見えました。
しかし、互いが争いの渦中にあっても最低限の理解を示し、知恵を出し合うことで解決することも少なくありません。
たとえば、複製を作って互いに一枚ずつ持ち合うことで、解決に至るということがありました。どれだけ柔軟に相手の立場も考えつつ、解決策を見出していくか、逆説的ですが、争いつつも、協力していくことが、調停のプロセスでは大切となります。
こうした場面はよく見られるものです(もちろん対立状況いかんでは、さらに複製の費用をどちらが負担するか等でさらに紛争が続くこともないわけではありません)。
たとえば、親権や面会交流をめぐる調停で、互いに子の腕を力いっぱい引っ張るのではなく、子のための最善の方法を考えていく過程ではよく見られることです。
交渉場面でよく言われることですが、限られた10の価値を互いに10か0かで争うより、新たな価値(4ないし6)を付加創造して、互いに7と7、あるいは8と8で解決できれば、見かけ上は、10から7、8へと譲歩したとしても、双方の価値の総和は14ないし16となり、互いの積極的譲歩により、総体的な満足度はあがることになります。
調停に付き添う弁護士は、単に依頼者の主張をそのまま伝えるだけでなく、一方で全体的な解決に向けての手がかりを、様々な視点から常に考えていくことが大切だといつも感じています。
※本コラムは法律コラムの性質上、弁護士の守秘義務を前提に、事例はすべて想定事例にしており、特定の個人や事件には関する記述はありません。