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岩永和之

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岩永和之(いわながかずゆき)

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岩永和之プロのコラム一覧:長崎くんち:西古川町

 平成28年火除け地蔵祭り 【平成28年火除け地蔵祭り】寛永二十年ごろ袋橋が完成しました。その後、長崎で寛文三年(1663)「寛文の大火」がおき寛文十二年(1672年)に 古川町が分割され本古川町、東古川町、西古川町がつくられました。長崎で 大火災発生明和三年(1766...

7)の文章で説明いたしましたが、櫓太鼓の姿はこのようになります。 櫓太鼓奉納時の姿 これは、昭和二十六年の庭見せの姿ですが「奉納角力之内 櫓太鼓」という記載があります。三社紋は、長坂側から見えるよう また、三つ巴の方は、敲き手側にきます。 櫓太鼓奉納 これもま...

 太鼓 西古川町の櫓太鼓奉納に使われる太鼓は、2個あります。ことし、使用される太鼓は まだ 不明です。これは、天保六年製の太鼓です。奉納で最もよく使用されています。材質は、欅 太鼓の皮の片面には、三社紋・もう片面には、三つ巴の模様が描かれた物を使用いたします。...

3)で、傘鉾について説明しましたが、追記です。 傘鉾の奉納について・・・  「チリン・チリン~」と鈴(りん)を鳴らしながら町の行列の先頭で踊場場へ進む傘鉾・・・この姿は、実に秋の長崎を彩るのにふさわしく 勇壮で、厳粛な雰囲気をもっています。 傘鉾持ちの歩き方  1...

 西古川町地蔵祭り 6月1日の小屋入りがあり、次の町の行事としては「地蔵祭り」です。【平成27年火除け地蔵祭り】 寛永十一年(1634)には、長崎くんちが正式行事となった同時期に 日本最初のアーチ式石橋・眼鏡橋が完成し長崎の石橋群の始まりとなりました。その10年後袋橋が...

 櫓太鼓 奉納踊りとしては、相撲関係を奉納していました。 1821年(文政四年)の長崎くんちに西古川町が初めて『櫓太鼓』を奉納したといわれています。大正五年奉納の写真です。現在と違い、子供達が主役のくんちだったことが 窺えます。おそらく、他町もそうだったのではないでし...

 飾(だし) は、          傘鉾の傘の上に、紫の絹をはり         中心に、大軍配で、表に日月を配し、裏に龍を配しています。         大軍配の裏面に重藤(しげどう)の弓         その重籐の弓に弓弦、つまり弓のつるを紫の布で結び   ...

 西古川町ができたのは・・・  長崎市西古川町は、343年前の1672年(寛文十二年)につくられた町です。どうしてできたのか? 寛文三年(1663)「寛文の大火」がおきました。焼失した各町を、新たな市街区画整理しようということで 寛文十二年(1672年)に貿易差銀分配及びくんちの経済...

 長崎くんち・・・今年は、踊り町 長崎くんち・・・今年は、7年ぶりの踊り町6月1日の小屋入りも過ぎ・・・本格的な練習へ・・・・・町の名前は、「西古川町」ご存じでしょうか?・・・・聞いたことがない・・・それもそのはずです。西古川町の関係者が言うのもおかしいですが・・...

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