仙台の行政書士より250207心のメッセージ
本日は、岩沼教会の主日礼拝に出席いたします。
今日は田中信生先生の言葉のご紹介です。
<頭を下げる(その1)>
ある時、教会で少年が問題を起こしました。お父さんが謝罪に来られ、息子に頭を下げさせようとしました。息子は「申し訳ありませんでした」と口では言うものの、手をついて頭を下げる動作ができず、固まったままです。あわてたお父さんが息子の頭を押さえつけましたが、それでも下がりません。自分は悪くないと思っている本音が丸見えで、周囲は苦笑する他ありませんでした。
これとは反対に、自分は悪くないのに、なぜ私が頭を下げなければならないのかと憤慨する時が人生にはあります。自分がしたことでなくても詫びなければならない理不尽さ。しかし、その経験を通して初めて、全く罪がないのに私たちのために自らへりくだり、不条理な苦しみを受けてくださったキリストの姿が深く意識されるのです。十字架はこのためだったのかと、心身で実感できるのがその時です。神のきよさにあずかり、キリストに似た者とされるとは、このような訓練を通して成されるものです。


