私に帰せず

中隆志

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 表題は、津本陽の勝海舟を描いた作品であるが(幻冬舎時代小説文庫)、こと仕事に当たるについて、個人的な私欲などは捨てて、公の思想で行うべきであるというようなことであろうか。私心がないということである。勝海舟はそういう人物であった。

 弁護士の職務でも私心がないということは必要なことである。基本的に依頼者にとって何がよいかという観点からしか仕事をしてはいけない。
 私心ある弁護士が仕事をした場合、着手金欲しさに依頼者をたきつけて不要かつ通らない訴訟をしたり(敗訴したら裁判官のせいにする)、依頼者にとってよい方針ではなくとも、自分に費用が入ると考え、その方向で事件を進めるかもしれない。

 かなり前に、ある会社が破産をしたいということで来られたが、財務状態を見ると、そんなに悪い状態でもなかったことから、「本当に支払不能になる直前に来られたらよいのではないか。受注が入り上向きになることもあり得るのではないか。」という助言をしたことがあったようである(覚えていなかった)。
 結局、その会社は立ち直り問題なく今も営業しているのであるが、後に別件で受任した時に、「あの時破産していたら今はなかった。先生からしたら破産を受けた方が費用が入ったのではないですか。今あるのは先生のおかげです。」と言われて、そうした助言をしたことも忘れていたし、誰にでもそういう状態であればそのように助言するので、「そんなんいうたかなあ。」と話しをしたことがあった。

 私心あって仕事をしてはいけないという姿勢を4人の師匠たちから学んだので(札幌修習で弁護修習でお世話になった故渡辺英一先生、私の元ボスである福井啓介先生、飲み友達でもあった故中村利雄先生、交通事故のなんたるかを私に教えてくれた故原健先生。その他にも共同で受任させていただいたあまたの弁護士はそうであった。全ては書き切れないし、気恥ずかしいので、代表として4名の師匠をあげておく。)、それが当たり前だと思っている。

 自分が目立って気分がよくなるためにこういう活動をしているのではないかと思う弁護士もいたり、明らかに私心しかない弁護士に出会うと、どうしてそんな気持ちで弁護士ができるのであろうと不思議である。

 今の政治の世界でも、公の思想が欠落しているように思えてならない。
 私腹を肥やすことや、政権に近かったり、政治献金を受けているところの利益を代弁するような政治家に私心がないとはいえないであろう。

 私心なく仕事をすることが求められている時代であると痛感する時代である。

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