読書日記「百年の孤独」
勤務弁護士の時代には各地の裁判所に出張で行った。
独立してからも、相手の住所地が遠方で、離婚事件などで遠方の裁判所に通ったこともある。
電話会議システムが導入されるまで、毎回口頭弁論に行っていて、電話会議システムが導入された後は出張が減り、大変楽になった。
それが今ではウェブ会議まで導入されている。
勤務弁護士だった27年前からすると隔世の感がある(実際に27年が経過している訳であるが)。
記憶している範囲で、北から裁判所について少し書いてみようと思う。これ以外にも行っている可能性があるが、記憶に残っている範囲で書いてみる。
札幌高裁は、札幌地裁と同じ建物にある。札幌が修習地であったこともあり、故渡辺英一先生についていかせてもらい、高裁の期日も行ったし、弁護士になってからも何回となく行った。大通公園の北側にあり、夏場は大通り公園で焼いたとうきび(とうもろこしのことを札幌ではそう呼ぶ)の匂いがしていて食欲をそそられる。
冬には雪まつりがあり、大通公園もその会場になるのだが、祭り前に雪像を作っているところを見ることができる。祭り中は混雑するので、できあがり直前を見ることができるのが地元民のいいところであろう。
札幌地裁は実務修習中ほとんどを過ごしたところで、今は事件が係属することはほとんどないが、たまに弁護士会の会務関係で札幌に行くと、札幌地裁を見ると修習中のことを特に思い出す。ワカサギの穴釣りをしたり、犬ぞりレースを見に行ったことも思い出である。ばんえい競馬も見に行った。どの馬が勝つのか全く分からないところが面白い。
札幌地裁岩見沢支部も事件で行ったことがあるはずだが、さしたる思い出がない。すいません。
札幌地裁苫小牧支部は、同じ地裁の管内でもこれだけ距離があるということで驚いた。南の方に位置しているせいか、事件で通っていた時も雪の記憶がない。
札幌地裁小樽支部も事件でも行った。修習中は後半の頃に小樽の防波堤から釣りをするのが修習生の中で流行って、よく分からない魚で鍋をしたのが思い出で、小樽支部にはあまり記憶がない。
函館地裁も事件で行ったこともあるのだが、修習中に道弁連大会に連れて行ってもらい、観光をしたのでそれ以上の記憶がない。観光には当時即独であったか、ノキ弁であったかの先生に案内してもらった。修習中に東北で夏期研修があり、夜行電車で行ったのだが、そのとき函館で停止している間に銭湯に行き、土方歳三終焉の地を見た。
旭川地裁は、豪雪の時に事件で行き、とてつもなく寒かった記憶がある。確か修習中に男山酒造で酒を飲ませてもらった記憶がある。今からするとずいぶんのんびりしていたものである。
釧路地裁は、消費者系で有名な先生がおられて、よく事件で行った。その他は、検察修習で網走根室方面道東旅行というのがあり、最後はフィッシャーマンズワーフで解散であった。後は旅費をもらって自力で帰ってきたのだが、白ご飯を買って好きな食材を買って上に乗せてもらい、自分好みの海鮮丼を食べたことが思い出である。北方領土の巡視船に乗せてもらい、少しだけ巡視船を運転させてもらった。ロシアの巡視船が来てかなりの距離で近づいて緊張したが、甲板に上がって手を振ってみてくたざいと言われて手を振るとロシアの船からも手を振ってくれた。今のロシアからすると、ありえない時代だったかもしれない。
稚内の裁判所だけは事件で行ったことがないが、裁判所の利尻礼文島研修旅行で宗谷岬を見て、その後利尻礼文島に渡った。宗谷岬の海には、マルタが山ほど泳いでいた(ウグイが海に行ったもの)。利尻礼文島はウニの産地で、ウニ丼やウニぎり(おにぎりの上にウニを乗せてもらう。ウニ丼を買うお金がなくなったので、安いウニぎりを食べていた)を食べ、帰りは稚内でタコしゃぶを食べた。皆お金がなかったので、2人前を4人で食べた。
どうでもいい話ではある。