読書日記「百年の孤独」
小さい頃、最初のお風呂は銅製の釜があり、その熱で風呂を焚くというタイプであった。
自宅には小さい頃ピラニアがいて、お風呂に入っていると、その釜の隙間からピラニアが出てくるのではないかという考えにとりつかれていた。
風呂につかる時は、その釜の隙間から何かが出て来ないかとヒヤヒヤしながら見ていた。
そのうち、釜のないタイプの風呂に変わり、安心して風呂に入るようになった。
夏などは風呂の裏側の戸を開けておくと、イタチの親子がやってきていた。
私は今、自宅では朝に風呂に入るのだが、時々なぜ釜からピラニアが出てくるという空想をしていたのかと、時々思い出すことがある。
子どもの考えることはよくわからないということであろうか。
ただそれだけの話である。