在りし日の小次郎
弁護士として相当数の相談を聞くので、助言したことを忘れていることがある。
事案に対して助言をするのだが、基本路線は同じなので細かい事は忘れているのである。
しかし、助言を受けた側はそれをずっと覚えていて、後に「あの助言のおかげで今があります」と言われることもある。<
何回かあったのは、事業をしている人が破産をしたいという相談に対して、「最終破産するのにはこれだけお金が必要なので、そのお金だけは残して、やれるところまで頑張ってみてはどうか」という助言である。これは事業をたたむのはいつでもできるから、できることをしてどうしてもだめな場合にもう一度来たらいいという助言で、多くの弁護士はそうしているのではないかと思うが、管財人をしていると、たまに、この事業者はもう少し何とかなったのではないかという事案に巡り会うこともないではない。
弁護士側からすると、破産事件をその場で受任をした方が事務所の売り上げにつながるし、事業者の場合相応に費用ももらえるのであるが、一つの企業が倒産すると、従業員もいるだろうし、取引先にも迷惑がかかるし、また、代表者の生活もあるので、破産が回避出来ないかという発想で検討し、弁護士側の利益を考えることはしないはずである。故中村利雄弁護士と一緒に民事再生事件の申立をした時も、二人で頭を付き合わせては、その企業を再生させることについて周りから見ていたらケンカと見られるような熱い議論を戦わせたものである(この企業は無事再生が認可された)。
ただ、破産を即時しない場合でも、頑張り方については助言を行い、取り込み詐欺的なことにならないよう、また、支出削減策等の助言はする。
私の方はこうした助言をしたことをしばらくすると忘れていて、後に、この企業の別件相談をした際に、「あのとき破産していたら今のうちはありません。」などと言われて、破産を回避できたことを企業の方と喜び合うのだが、そう言われるまでそうした助言をしたことを忘れていることもしばしばである。
時には恨まれることもあるが、こちらがした助言でしかも忘れている助言で感謝されているというのはいいもんである。