物に淫する

中隆志

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 司馬遼太郎は、歴史小説家であったが、資料兼楽しみのための古書は買っていたようであるが、刀や甲冑などをコレクションするということは、うろ覚えだが、「物に淫するのはよくない」として、しなかったようである。

 私は一時万年筆を集めていたが、これも司馬先生のいう、「物に淫する」ということであろうと思い、今は必要に応じて購入する程度にとどめている。買っては見たものの、仕事では使えない万年筆がいくつかあり、それは実用品ではないとして、放置してある。万年筆が物を書くための道具である以上、使わない万年筆は意味がなく、本で高い万年筆を見て、ため息はつくものの、買いたいとも思わない。そんな万年筆は道具ではないからである。
 一時時計も買いたいという物欲が出たが、いざ買ってみると、それなりの値段がする時計は二つもあれば十分で、時計が欲しいという気持ちは今はない。もう少し年齢がいったら、もう一つくらい落ち着いたデザインを買おうかと思っている程度である。
 高級な自動車も同じであり、走ればいいという気持ちでいるので、安物の国産車で十分である。
 スーツやコート、あるいは靴などは仕事着であるから、これは実用品で買ってもいいだろうと思っている。

 いい物を身につけたり、所有するというのは気持ちはいいだろうが、使わないというのは意味がないし、物の持つ魔力というか、そういうものに負けていてはいけないと思う。
 コレクションとか物欲というのは、やり出すと歯止めが利かないところがあるから、やらないか、たとえするとしても、いい物を一つ持てばそれで事足りる気持ちでいなければ、物の持つ魔力に魅入られて、身を滅ぼしかねないと思うのである。
 うなるくらいお金がある人はしてもいいだろうが、お金を使いまくってそうした物を集めたとしても、死ぬときにはあの世には持っていけないし、大金持ちが憑かれたように物を買うというのは、満足するというよりも、どこか、自分をすり減らしているような気がしないでもない。

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