在りし日の小次郎
子ども時代にいじめがあるというのは今も昔もそうだろうが、社会に入っても人をいじめるヤカラというのはいる。
私は事務所の職員に「ためにするための怒り」などをすることはないつもりである。その人が嫌いだから、何かにつけて叱りつけるというのは上司としてもっともしてはいけないことだからである(嫌いな人もいないので、そもそもしようもないが)。
気分次第で以前はよかったことを、違う場面では叱るというようなこともしてはいけない。
だいたい、叱ることが好きな人は別として、私も人に怒ることが好きではない。出来るだけしたくない。それでも叱ることがあるのは、それが業務上必要だからである。それを越えて、個人的感情で叱るということはあってはいけないであろう。
ただ、世の中では、その人のことが嫌いだから、叱る理由を見つけては叱りつけるということもままあるようである。
その人のことが嫌いという理由が個人的な考えに基づいている場合もあるだろう。
自分の持っているコンプレックスの解消のために人を叱る場合である。
たとえば、学歴に対するコンプレックスがある場合に、自分よりも学歴のある人を叱る。
また、女性から過去にひどい仕打ちを受けた男性が、地位を利用して女性を叱り優越感にひたる。
精神分析を生業としているわけではないが、話を聞くと筋道が見えてくることがある。
何回か書いたことだが、人間の心の中には闇の部分があり(私だってある)、そうした闇の部分を知らないと見えてこないことがあるように思うのである。