在りし日の小次郎
私の敬愛する海音寺潮五郎は、読書が好きで好きでたまらなかったということで、執筆中にも読書をしていて、家人がお茶などを持ってくると、慌てて読んでいた本を隠して執筆をしているふりをしたらしい。
司馬遼太郎なども、史料を読んでいる時間が一番好きだとエッセイで書いており、小説を書かずに済むならずっとそうしていたいようなことを書いていた記憶がある(おぼろげな記憶なので間違っていたら申し訳ありません。)。
私は仕事は正直好きなのだが、もう少し読書をする時間が欲しいかといわれれば、正直欲しいといわざるを得ない人間である。
しかし、そういう人間でも、仕事でパソコンを見る時間が長いのと(書面を書くのに、字を打ち込んでいる時間が長い)、仕事でも字を読んでいる時間が長いのと(依頼者の方が見えないところで、相手方から出た書面を読んだり、資料を読み込んだり)で、読書をする気力がなくなっている日もある。
自分の頭を働かせることがいやで(読書だと自分の頭の中で様々な場面を想像しないといけない)、そういう日は、読書をする気力がわかないこともある。
だからといって仕事が暇だとそれはそれで困るので、読書をする時間と、仕事とのバランスが目下私の悩みである。
おそらく一生かかっても読み切れない本を「いつか読もう」と思って買い続けてしまっている状態では、読書量よりも、購入する本の数が多くなってしまっているので、これを解消したいのである。
仕事以外では、サッカーもしたいし、釣りもしたいし(釣りは渓流釣りとキスの投げ釣りと、ルアーフィッシングがしたい)、歴史スポットを回りたいし、やりたいことは山ほどあるが、やはり仕事が私の本分であるし、このような私を頼ってきてくれる依頼者のために仕事をするのは何よりもありがたいことでもある。