在りし日の小次郎
小学校の頃、切手を集めている友達がいて、それを見て自分も集めてみようと思ったことがある。
収集癖があるのは男性の方に多いが、私も収集癖があるほうである。
お金が続かないのと実用的でないということで、万年筆を集めるのはいま停止ナカだが、時々万年筆のサイトを見てはため息をついている。
切手は最初、海外の使用済みのものが大量に紙に貼られているものを買ってきて、水につけて糊をはがして、それを天日で乾かしてというのでたくさんコレクションを作ったのだが、やはり切手というのは使用済みでは価値がなく、大阪天満橋の松坂屋に時々行っては、貯めた小遣いで切手を買っていた。
今から思えば、大変無駄なお金の使い方である。
しかし、当時はたくさん切手を集めていた子どもが居たのである。
また、切手は値上がりするといわれていて、限定で発売された記念切手などは、何年もすると大変な値段がつくことがあり、投資としてもいいといわれていた(その頃、そんな気持ちはないけど)。
そのうち、切手ブームが去り、切手の価格も下落したように思う。
集めるという作業も、その対象に興味がなくなると、突然色あせてしまうものである。
大量に集めた切手は、確か、普通に郵便を出すのに使ったり、切手を送ればただちにもらえるというような雑誌の懸賞に応募するのに使ってしまった記憶がある。
なんで切手を集めていたのか、今となっては思い出せない。
事務員が終業して、たまに自分で急ぎで送らないといけない書面に切手を貼って封筒に入れている時、ふと、そういや昔切手を集めていたなあと思うのである。
今でも切手の収集は趣味としてあるのだろうとは思うが、1枚数千円もする切手を普通に郵便を出すのに使用したのは大変もったいなかったと思い出す秋の一日である。