在りし日の小次郎
朝電車を待つのにイスに座っていると、虫が背中を下にして、腹を見せてあがいていた。
起き上がれないようである。
羽をばたつかせて、飛んでひっくり返ろうとするが、うまくいかない。
ホームの上であったので、通行する人に踏みつぶされるかもしれないと思い、手をさしのべようかと思いつつ、テレビなどでは動物が死に瀕していても、手をさしのべたりしないというようなことも頭をよぎり、自然の摂理に任せた方がいいのではないかと思ったりしていた。
レイモンド・チャンドラーのフィリップマーロウが出てくるシリーズでは、マーロウはよく小さい虫を見ている。それは死にかけた蜂であったり、高層オフィスの上の階まで上がってきた虫であったり、クモであったりする。
どうしようかと思い眺めていたところ、1分ほどして虫は自力でひっくり返った。
裏を向いていたので、何の虫か分からなかったのであるが、ひっくり返ったその虫はカメムシだった。
よかった。触らなくて。
以上です。